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契約としての結婚(マタイ19:4−8)
고요한 2025-08-16 추천 0 댓글 0 조회 17

20250817日曜午前礼拝

聖書:マタイ19:4−8

題目:契約としての結婚

賛美:96、309、310

説教:高曜翰 牧師

“さてパリサイ人たちが近づいてきて、イエスを試みようとして言った、「何かの理由で、夫がその妻を出すのは、さしつかえないでしょうか」。

イエスは答えて言われた、「あなたがたはまだ読んだことがないのか。『創造者は初めから人を男と女とに造られ、

そして言われた、それゆえに、人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである』。

彼らはもはや、ふたりではなく一体である。だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」。

彼らはイエスに言った、「それでは、なぜモーセは、妻を出す場合には離縁状を渡せ、と定めたのですか」。

イエスが言われた、「モーセはあなたがたの心が、かたくななので、妻を出すことを許したのだが、初めからそうではなかった。”

‭‭マタイによる福音書‬ ‭19‬:‭3-‭8‬ 口語訳‬

1。罪によって生まれる逆転の結果

 少年法は未成年者の更生と将来の社会復帰を助けるために作られました。しかし現実では、「少年だから重罪にならない」という意識で、事件を起こす未成年者がいます。このように、人間の罪や自己中心的な考えのせいで、本来の目的とは違う形で悪用されているものがあります。残念ながら、結婚もその一つになっています。

2。イエスの時代の結婚についての考え方

 ある日、パリサイ人たちがイエスを罠にはめるため、離婚について尋ねました。「どんな理由なら離婚して良いのでしょうか?」という内容です。申命記24:1には「人が妻をめとって、結婚したのちに、その女に恥ずべきことのあるのを見て、好まなくなったならば、離縁状を書いて彼女の手に渡し、家を去らせなければならない」とあります。イエスの時代、「恥ずべきことのあるのを見て、好まなくなったなら」という部分で二つの派閥に分かれていました。一つは「恥ずべきことを見て」に重点を置いて、「妻が不貞を働いた時だけ離婚できる」と解釈したシャマイ派です。もう一つは「好まなくなったなら」に重点を置いて、「妻にちょっとでも不満があれば離婚できる」と解釈したヒレル派です。この質問は正解を求めるためではなく、イエスを陥れるためのものでした。シャマイ派を支持すれば、民衆や自由主義者から「不当な制限」と批判されます。ヒレル派を支持すれば、宗教指導者たちに「律法を軽んじている」と批判されます。つまりパリサイ人たちは、どちらの答えを選んでもイエスが批判され、民衆の信頼を失ってしまうような状況を作り上げたのです。

 イエスは、創世記1:27の「創造者が初めから男と女を造った」こと、創世記2:24の「人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となる」ことを引用し、結婚が人間の歴史や文化の中で後から生まれた制度ではなく、神の初めからの計画である事を伝えました。そして「神が合わせられたものを、人は離してはならない」と離婚を禁止しました。ここでの「合わせる」のギリシャ語「スズーノミ」は、「共にくびきを共にする」という意味があり、同盟や契約を結ぶ時に使われる単語です。つまり結婚は、人間の間だけではなく、神様を含めた3者の間で結ばれた契約であることを強調しているのです。言い換えると、結婚は神様が結びつけた契約関係であり、離婚は契約を破る行為であるということです。さらにイエスは、モーセの離婚許可は一時的な許可であり、神様の本来の意図ではないということを教えています。結婚とは、人間が勝手に始めて勝手に終わらせる関係ではなく、神が結び合わせ、永遠に続くための契約なのです。

3。私たちへの適用

 まず、結婚は神様との契約であるということです。

“彼らはもはや、ふたりではなく一体である。だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」。”

‭‭マタイによる福音書‬ ‭19‬:‭6‬ 口語訳‬

結婚は、単に神様が私たちに与えた制度というだけではなく、神様が二人を一体として結び合わせる契約なのです。マタイ19:6は、結婚が単なる同居生活や書類上の関係ではなく、神様を証人とした霊的な契約であることを強調しています。人間の都合や一時的な感情で簡単に壊して良いものではないのです。パリサイ人が離婚の抜け道を探したように、私たちも社会の制度や法律の抜け穴を探し、都合よく解釈しようとする誘惑があります。また、弟子たちが「夫婦関係がそんなものなら結婚しないほうがマシ」と言ったように、自分本位に考えて切り捨ててしまおうとする誘惑があります。しかし、神の契約に基づく結婚は、人間の都合を超えた神の秩序の表れなのです。私たちが結婚や夫婦関係について悩む時、まずは結婚が私たちを愛する神様との契約であるということを思い出してください。

 そのため、結婚生活において契約を守り通す心が大切です。

“妻たる者よ、夫に仕えなさい。それが、主にある者にふさわしいことである。 夫たる者よ、妻を愛しなさい。つらくあたってはいけない。”

‭‭コロサイ人への手紙‬ ‭3‬:‭18‬-‭19‬ 口語訳‬

 パウロは、妻は神様に仕えるように夫に仕え、夫は神様が愛するように妻を愛することを教えています。契約として結婚を守り通すことは、単に同居することや形式を守ることではありません。互いに責任を果たし、神様の思いに沿った生き方を選ぶ姿勢が必要です。歴史を見れば、少年法のように、本来の意図が歪められることはよくあります。制度やルールがあるからといって安心するのではなく、背後にある神様の心を理解し、それに従うことが重要です。だから「どう離婚できるか」を考えるのではなく、「どう契約を守り通すか」を考えることが大切です。また「どのように不利益を少なくするか」を考えるのではなく、「どのように神様との約束を守り通すか」を考えることが大切なのです。神様が結んだ結婚という契約を大切に守り通そうとする心が、祝福に満たされた結婚生活もたらすのです。

 結婚生活においても神様との関係を中心にしましょう。

“主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい。主が町を守られるのでなければ、守る者のさめているのはむなしい。”

‭‭詩篇‬ ‭127‬:‭1‬ 口語訳‬

 詩篇の著者は家を建て、街を守る話をしていますが、結婚生活においても同じです。人間の知恵や努力、感情だけでは、その土台は簡単に倒れてしまいます。夫婦の愛による絆は美しいものですが、それだけでは時間と共に変わりやすく、試練が来ると耐えられません。しかし、神様を中心に置くとき、神様の愛が揺るがない絆を作ります。人間ではなく神様の御心を第一にする結婚生活は、神様が家庭を建てて守って下さるのと同じです。そのような家庭は試練が来ても倒れません。結婚生活を守る最大の秘訣は、経済力やお互いの能力ではなく、神様の愛です。お互いを見る前に、お互いが神様を見て下さい。夫婦が共に神様を第一にする時、判断基準が一致し、試練の時も同じ方向を向いて進むことができます。夫婦の間に神様を立てる時、不満や衝突も赦しと理解に変わります。結婚は二人の関係だけで完結するものではなく、神様との関係の中で成熟していくことができるのです。

4。まとめ 

 結婚は単に神様が人間に与えた制度というだけではなく、夫と妻と神様の間で結ばれた契約なのです。そのため結婚生活では、神様との契約を守り通そうとする心が大切です。どうか夫婦の間に神様を立てる家庭を作ってください。そうすることで、神様の愛により、試練を乗り越えることのできる確かな家庭を築く事ができるのです。 

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