聖書:2コリント11:2
題目:キリストへの純潔
賛美:2、286、289(1−3)
説教:高曜翰 牧師
“わたしは神の熱情をもって、あなたがたを熱愛している。あなたがたを、きよいおとめとして、ただひとり男子キリストにささげるために、婚約させたのである。”
コリント人への第二の手紙 11:2 口語訳
1。能力の高さではなく、純粋な心
①猪野屋博(2019年当時69歳)
❶脳神経外科医(沖縄出身、北海道勤務)
⑴那覇のモノレール内で財布を落として困っている男子高校生に声をかける。
⑵与那国島の葬式に行くために6万円が必要と言われ、急いで6万円を貸す。
⑶損得感情抜きに人助けができる純粋な心を持っていた。
❷過去の経験
⑴海外のスキー場で営業終了時間間近にリフトから落下し、怪我。
⑵見ず知らずの外国人男性に助けられ、礼を言うと、「なんでもないよ」と言われた。
⑶優しさの温もりを知り、人の役に立つことの素晴らしさを知った。
❸6万円という数字が気になって周囲に聞く
⑴沖縄の弟に聞くと、「騙されたんだよ」
⑵親友に聞くと、「人を見る目がないな」
⑶病院の同僚に聞いても「寸借詐欺ですよ」
※寸借詐欺:少額であり、返すつもりだっと言われると、逮捕が難しい
❹高校生:崎元颯馬
⑴本当に伯父の葬儀行くための財布を落としていた。6万円は父から送られた金額。
⑵父にお金は必ず返さないといけないと言われ、新聞社を通して、医師と出会う。
⑶崎元さんは手作り文鎮を、猪野屋さんは財布をプレゼントした。
②子供や友達にどのように声をかける?
❶「騙されたんだよ、馬鹿だな」と人格を否定するように言う?
⑴自分は愚かだった、人を助けると損をする、と考える
⑵人を信じられなくなる。警戒心の強い、疑い深い人になる。
⑶愛や優しさよりも、お金が大事だと考える人になる。
❷「いい事をしたね、優しいね」と人格を肯定するように言う?
⑴人を助けることに価値があると考え、自分を誇りに思う。
⑵人助けが大事だと考えるようになり、思いやりのある人になる。
⑶お金よりも、愛や優しさが大事だと考える人になる。
❸どんな人の周りで生きていきたい?
⑴警戒心が強く疑い深い人?人助けをする思いやりのある人?
⑵高慢な人は、人格を落とす言葉を使うが、謙遜な人は、人格を上げる言葉を使う。
⑶純粋な心を守るには、自分を高めることではなく、自分を低くする事である。
2。パウロのコリント教会に対する思い
①堕落した町の影響
❶コリントの町
⑴女神は愛と性を象徴するアフロディーテ
⑵丘の上の神殿には1000人の神殿娼婦がいる、コリント化する=性的に堕落する
⑶外見的な美しさや雄弁術、財産のある人が人気
❷コリント教会
⑴性的な罪に対する感覚が鈍い、結婚に対する感覚が崩壊している
⑵貧富の差がそのまま影響
⑶競争心によって、賜物を誇示したり、派閥ができた
❸偽教師
⑴雄弁術と見栄えで、聖徒達からお金を巻き上げ、パウロの使徒性を否定
⑵パウロは口下手である、外見も悪い、後ろめたいから金銭を受け取らない
⑶真理よりもカリスマ性を求める風潮
②パウロの使徒としての正当性
❶パウロの言い分
⑴富:経済的支援を辞退したのは重荷にならないようするため
⑵外見:関係ない。サタンの手先も光の天使に変装する
⑶能力:強さと成功ではなく、弱さと苦難が誇りとなる
❷パウロの目的:コリント教会の純潔を守ること
⑴偽教師は純潔をエバが奪われたように奪う=花婿以外に目を向けさせる
⑵蛇:言葉巧みに、外見や魅力で惹きつけ、真理を少しずらし、神から引き離す
⑶富や外見、能力を重視する考えによって、純潔が奪われることを苦慮
❸純潔とは?
⑴一つの純粋な心。神様だけで満足する心。他を愛するなら結婚できない。
⑵名誉や金銭ではなくキリストのためだけに仕える心。福音だけ。
⑶福音以外の律法主義、成功神学、自己啓発などで汚染され2つの心を持たされる
→純粋な心がなければ、富や外見や能力も何の意味もない
3。適用
①キリストにだけに向かう純潔を守ろう。
“心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。”
マタイによる福音書 5:8 口語訳
❶何を1番に大切にするか?
⑴自分の花嫁を選び、他の女性は諦められる人だけが、花嫁と結婚できる。
⑵1番のために2番を諦められないなら、それは本当の1番ではない。
⑶キリストは、自分の名声も命も諦め、花嫁のために十字架に向かった。
→花婿キリストのために2番目以降を諦める事ができるか?
❷パウロはキリストを1番にし、他を諦めた。
⑴コリント人は、純粋な心や体ではなく、富や名声、能力を求めた。性的堕落。
⑵コリント教会も、自分が富や名声を得る事が1番の偽教師に騙され、パウロを拒絶。
⑶しかしパウロは弱さと苦難を誇る事ができ、コリント教会の純潔のために働いた。
→誰がキリストに喜ばれる?
❸大切なのは、財産や外見や能力ではなく、純粋な心である。
⑴猪野屋博さんの様に人を信じてあげることのできる純粋な心が大切。
⑵いくらお金や能力、立派な外見があっても、心が汚れていたら意味がない。
⑶人を救うのではなく、人を傷つけることしかできない。
→自分の子供が人を助けようとして騙された時、なんと声をかけるのか?
4。まとめ
①世の中はお金や外見や能力を求める。心よりも結果である。
②しかし神の国では、キリストにだけに向かう純粋な心が喜ばれる。
③結婚式でお互いの純潔が喜ばれるように、
→私たちの信仰生活でも純潔を大切にしよう。
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