20221218早天祈祷会
聖書:黙示録21:1–8
題目:神の国を待ち望もう
讃美:302
説教:高曜翰 講道師
場所:중앙성서교회
1.国が成立する三つの条件
まず、国が成り立つためには「民」「土地」「主権」という三つが必ず必要です。
どれか一つでも欠ければ国は成り立ちません。
韓国を例に取るなら、韓国人という“民”、朝鮮半島という“土地”、そして国民と大統領にある“主権”がそろって初めて韓国という国が存在できます。
もしウクライナが戦争に負け、主権をロシアに奪われれば、土地もウクライナ人もいても国とは言えなくなってしまいます。
神の国も同じです。
「神の民」「神の国(新しい天と地)」「神の主権」の三つがそろって初めて神の国となります。
神の国は王である神様が主権を持つ国ですから、その主権を無視して入ることはできません。
アメリカに入国するとき、アメリカの法律(大統領が定めた主権)に従う必要があるのと同じように、
神の国に入るためには、神様の言葉に従うことが求められます。
イエス様を信じても、自分勝手に生きるなら注意が必要です。
2.黙示録21章のクライマックス ― 新しいエルサレム
① 新しい天と地が来る(1–2節)
ヨハネは、新しい天と新しい地が降りてくるのを見ました。
今ある天と地が“作り変えられる”のではなく、“消え去り”、全く新しいものになるのです。
海もなくなります。
黙示録13章で獣が海から上がってくるように、海は神に敵対する者の象徴でした。
海がないということは、神に逆らう者が一人もいないという意味です。
そして「新しいエルサレム」が花嫁のように、美しく整えられ、天から降りてきます。
長い年月、神が準備してこられた神の国が、ついに完成して姿を現すのです。
② 神が人と共に住まわれる(3–4節)
最初の神の国はエデンの園でした。
しかし、罪のゆえに人はそこから追放され、神と顔と顔を合わせる生活を失いました。
創世記3章から、神様は“神の国を回復する計画”を始められました。
アブラハムを選ばれたのも、イスラエルを導いたのも、イエス・キリストを遣わされたのも、
最終的には 神の国を回復し、神が人と共に住むため です。
エジプトからの救出や荒野での訓練は、神様に主権を返す「神の民」をつくるための訓練でした。
幕屋や神殿も、本当の神の国(新しいエルサレム)の“写し”にすぎません。
新しいエルサレムでは、神様が人と共に住み、
死も、悲しみも、叫びも、痛みも存在しません。
エデンで命の木の実を自由に食べられたように、
ここでは命の水を好きなだけ飲むことができます(21:6)。
神の国の回復とは、神が再び人と共に住むためです。
花嫁を迎える花婿のように、喜びに満ちた出来事です。
③ 神の国に入れない者たち(8節)
地獄に行く者とは、
この地上で神に主権を返さなかった者 です。
人には「第一の死(肉体の死)」がありますが、
第二の死(霊の死)に至らないためには、
私たちはこの世に生きている間に“死の問題”を解決しなければなりません。
3.覚えていてほしいこと
① 神の国を求めよう
神の国こそ、神様の大きなご計画です。
人はもともと、神の国で神と共に生きるように造られました。
この世のどんなものでも、私たちを満たすことはできません。
地上で平安を求めるのではなく、神の国にこそ平安があります。
② 主権を神様に返そう
神の国の主権者は神様です。
その民は、主権を神様にお返しして生きる時に、本当の幸せを味わいます。
私たちの苦しみ・試練は、神の国の民になるための訓練でもあります。
③ 神の栄光のために生きよう
神の栄光となるのは、神様が求めるご計画に従うことです。
お金持ちになることや有名になることではありません。
私たちが救われてすぐ天国へ行かず、この地上に残されているのは、
神の国の民をつくる使命があるから です。
神に主権を返す民を育てることこそ、神の栄光です。


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