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私はエホバである(出エジプト6:1-13)
고요한 2025-12-29 추천 0 댓글 0 조회 24

 

20230618早天祈祷会

聖書:出エジプト6:1-13
題目:私はエホバである
賛美:391番

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


聖書朗読(出エジプト6:1–13)

主はモーセに言われた。
「今、わたしがパロにすることを、あなたは見るだろう。強い手によって、パロは彼らを去らせる。いや、強い手によって、彼らを自分の国から追い出すだろう。」

神はモーセに語って言われた。
「わたしは主である。
わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブには全能の神として現れたが、主という名では、彼らに自分を知らせなかった。
わたしは、彼らが寄留していたカナンの地を与える契約を彼らと結んだ。
また、エジプト人が奴隷としているイスラエルの子らのうめき声を聞き、わたしの契約を思い起こした。

それゆえ、イスラエルの子らに言え。
『わたしは主である。わたしはエジプト人の重い重労働の下からあなたがたを導き出し、奴隷の状態から救い出し、伸ばした腕と大いなるさばきによって、あなたがたを贖う。
わたしはあなたがたをわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる。
あなたがたは、エジプト人の重い重労働の下から導き出した、あなたがたの神、主であるわたしを知るようになる。
わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに与えると誓った地にあなたがたを導き入れ、それをあなたがたの所有として与える。わたしは主である。』

モーセはこのようにイスラエルの子らに告げたが、彼らは心の痛みと過酷な労役のために、モーセの言うことを聞かなかった。

主は再びモーセに言われた。
「行って、エジプトの王パロに告げ、イスラエルの子らをその国から去らせよ。」

モーセは主の前に申し上げた。
「イスラエルの子らさえ私の言うことを聞かなかったのに、どうしてパロが聞くでしょうか。私は口下手なのです。」

主はモーセとアロンに語り、彼らをイスラエルの子らとエジプトの王パロのもとへ遣わし、イスラエルの子らをエジプトの地から導き出すよう命じられた。


1.本文解説

1節

主はモーセに、「今、わたしがパロに何をするかを見るだろう」と言われました。
パロは自分の意志とは反して、イスラエルの民を「去らせる」のではなく、「追い出す」ことになる、というのです。

これは、モーセの質問に対する神様の答えでした。
モーセは、「なぜ民をこんなひどい目に合わせるのか」「なぜ私を遣わしたのか」と問いかけていました。
神様のおかげで、民は重労働を課せられ、モーセ自身の信用も地に落ちたように見えました。

しかし神様の答えは、「パロが自分の意志に反して、民を追い出すため」だというものでした。
神様は、何もしていなかったわけではありませんでした。


2節

神様は言われます。「わたしは主である。」

ここで語られる「私はエホバである」とは、すべてのものの主人であるという意味です。
パロを含め、すべての存在が神様の管理下にあります。

パロをどうすることもできないのではないかと不安に思っていたモーセに対して、
神様は「主人以上の存在はいない」ことを教えておられます。

神様は、モーセに謝ったり、理由を細かく説明したりはされませんでした。
ただ、「わたしは主である」と宣言されただけです。

私たちはよく理由を求めますが、問題なのは理由ではなく、
その方が誰であるかなのです。


3節

神様は、「アブラハム、イサク、ヤコブには全能の神として現れたが、主という名では知らせなかった」と言われました。

創世記では、神様は「全能の神(エル・シャダイ)」として現れます。
これは「すべての必要を満たす神」という意味です。

しかし出エジプトでは、「主人である神(エホバ)」として、ご自身を体験的に知らせていきます。
創世記でも「主」という言葉は使われていますが、その本当の意味を知るのは、これからなのです。


4〜5節

神様は、カナンの地を与えるという契約を結び、
エジプトで苦しむイスラエルの民のうめきを聞き、その契約を「思い出した」と言われます。

これは、忘れていたという意味ではありません。
神様は、ずっと覚えておられました。


6節

神様は宣言されます。
「わたしは主である。あなたがたを奴隷の状態から導き出し、伸ばした腕と大いなる裁きによって贖う。」

ここで言う裁きとは、エジプトへの十の災いのことです。
今はエジプトの王ファラオが主人のように見えますが、
これからは神の国の神様が主人となるのです。


7節

神様は、「あなたがたをわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる」と宣言されます。
イスラエルは神様の民となり、神様はイスラエルの神となります。

彼らは、体験を通して「主」という名を知ることになります。


8節

神様は、誓ったことは必ず果たすと宣言されます。
契約においても、神様は主人であるからです。


9節

モーセは神様の言葉をイスラエルの民に伝えましたが、
民は心の痛みと過酷な労役のために、モーセの言葉を聞きませんでした。

一度希望を持った分、裏切られた思いが強かったのです。
そこに、モーセと民との間の深い溝が生まれました。


10〜11節

それでも主は、再びモーセに語り、
「パロのところに行き、イスラエルの民を去らせよ」と命じられました。

民ではなく、パロに語れという命令でした。


12節

モーセは弱気になり、こう言います。
「イスラエル人でさえ私の言うことを聞かなかったのに、どうしてパロが聞くでしょうか。」

「割礼のない唇」とは、不完全な口、つまり口下手であることを意味します。
モーセは、不信感と弱さの中にいました。


13節

それでも主は、モーセとアロンに命じ、イスラエルの民とパロのもとへ遣わされました。

14節以降に系図が記されているのは、
彼らが主の御業を受ける器であることを示すためです。

モーセが完全に理解していなくても、神様は彼を遣わされました。


2.イエス様

イエス様は、主人と僕のたとえを語られました(ルカ12:42–48)。

主人が帰ってきたとき、忠実に働いていた僕には、多くのものが任されます。
しかし、自分を主人のように振る舞い、他人を打ち、飲み食いして酔っている僕は、厳しく裁かれます。

私たちは、自分を主人のように振る舞ってはいけません。


3.現代の私たち

神様の言う通りにしたのに、ひどい目にあうことがあります。
そこから、怒りが生まれることもあります。

しかし神様は、理由を説明するよりも、
「わたしが誰であるか」を示されます。

私たちがすべきことは、
自分の人生の主人を変えることです。

主人を自分自身から神様へ。
実際には、神様でないもの、つまり悪魔が主人になっていたこともあります。

神の国の主人は、神様だけです。


4.まとめ

誰があなたの人生の主人でしょうか。
あなたは、僕として生きているでしょうか。

主人として生きることではなく、 

僕として生きることこそが、人間にとって本当の幸せなのです。 

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