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天幕を通して現れる父の愛(出エジプト25:1-9)
고요한 2026-01-04 추천 0 댓글 0 조회 50

20230806早天祈祷会


聖書:出エジプト25:1-9
題目:天幕を通して現れる父の愛
賛美:428

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회

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【本文(聖書朗読補足)】 

主はモーセに語られ、イスラエルの子らに命じて言われました。主のために奉納物を携えて来るように、と。その奉納物は、強制ではなく、喜びの心からささげる者のものだけを受け取るように、と命じられました。金、銀、青銅、青色・紫色・緋色の撚り糸、亜麻布、やぎの毛、赤くなめした雄羊の皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、燈油、香油や薫香のための香料、エポデや胸当てにはめ込む宝石などが示されます。

そして主は言われました。「わたしが彼らの中に住むため、彼らにわたしのための聖所を造らせなさい。あなたに示す幕屋の型、そのすべての器具の型に従って造らなければならない」と。

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【1.本文解説】

① 天幕のための奉納物(25章1〜7節)
これは、現代で言えば建築献金にあたります。

まず、奉納物の第一の原則は、強制ではなく自発的であることです。身分や経済力、捧げ物の多寡は問題ではありません。神殿建設の際にも、ダビデは同じ姿勢を示しました(Ⅰ歴代誌29章6〜14節)。律法の時代ですらそうであったなら、恵みの時代である今は、なおさらです。建築献金を強制することは、聖書的とは言えません。

第二の原則は、主から与えられたものだけを捧げることです。イスラエルの民は、エジプトから持ち出した財産を捧げました。彼らがエジプト人から富を得ることができたのは、主ご自身の働きによるものでした(出エジプト12章36節)。私たちの捧げ物にも、同じ原則が当てはまります。借金をしてまで捧げる建築献金には、注意が必要です。

第三の原則は、幕屋建設に必要な材料だけを捧げることです。余計なものを集めてはなりません。ここで示されている建設資材は十五種類あります。金、銀、青銅、青色・紫色・緋色の撚り糸、亜麻布(エジプトの名産で祭司の衣装となるもの)、やぎの毛(天幕に最適な素材)、赤くなめした雄羊の皮(幕屋の覆い)、じゅごんの皮(紅海に生息する海生哺乳類の皮)、アカシヤ材(シナイ半島にある唯一の木で、根を深く張る)、オリーブ油、注ぎの油や薫香のための香料、エポデや胸当てにはめ込むしまめのう、そしてその他の宝石です。

 

② 幕屋の目的(25章8〜9節)
第一に、幕屋は神と共に住むための場所です。エデンの園から追い出されて以来、神と人は共に住むことができなくなりました。その後、神は時に現れ、時に沈黙されました。しかし、人間の最終的な目的は、再び神と共に住むことにあります。

第二に、幕屋は神ご自身が降りて来られるための場所です。幕屋は王が住まわれる王宮であり、民は神が聖なる方であることを認識しなければなりません。その神に近づくには、神ご自身が定めた方法によらなければなりません。モーセの律法は神の民としての指針であり、幕屋は神と交わるための具体的な礼拝の方法でした。

第三に、幕屋建設の方法です。幕屋は神が指定された、神に近づくための唯一の方法でした。その原型は天にあり、神はそれをモーセに示して教えられました。私たちは細かくて面倒だと感じることがありますが、実は神様ご自身が、人間に分かるように丁寧に示してくださっているのです。神が直接造るのではなく、人に造らせたのは、人がそれを大切にするためでもあります。

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【2.適用】

① 父の愛
神はアダムに「あなたは、どこにいるのか」と呼びかけられました(創世記3章9節)。また、放蕩息子の帰りを待つ父の姿は、父なる神の愛をよく表しています(ルカ15章20節)。天幕は、神が罪人と共に住むために備えられた方法であり、罪人が父のもとに帰るための道でした。天幕がなければ、人は神の前に立つことができず、死んでしまいます。

 

② 現在の天幕
神に会う道は、神が指定された道でなければなりません。それが天幕であり、今の時代においてはイエス・キリストです。イエスは言われました。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」(ヨハネ14章6節)。またペテロも、「この方以外には、だれによっても救いはありません」と証ししています(使徒4章12節)。教会に来れば自動的に神に会えるのではなく、イエス・キリストを通して神と出会うのです。

 

③ 大祭司としてのイエス・キリスト
幕屋を機能させるためには、祭司といけにえの制度が必要でした。至聖所には、年に一度、大祭司だけが入ることが許されていました。大祭司が犠牲の血を携えて至聖所に入る姿は、イエス・キリストの死を予表しています。イエスが十字架で息を引き取られたとき、神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた出来事は、その完成を示しています(マタイ27章50〜51節)。

 

④ 子どもの帰りを待つ親
親が「早く帰って来なさい」と口うるさく言うのは、権威を振りかざしたいからではありません。子どもが心配で、共に家族として過ごしたいからです。

 

⑤ 誤解する子ども
しかし、叱られてばかりいる子どもは、自分は必要とされていないと感じてしまうことがあります。その結果、父親像を恐ろしい存在として歪めて理解してしまうこともあります。だからこそ、親と子の間には、誤解を解くための丁寧な説明が必要です。

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【3.まとめ】

第一に、モーセの幕屋やダビデの神殿に倣い、教会の建築献金は、自ら喜んで捧げるものであり、神から与えられたものの中から、建築に必要なものだけを捧げるべきです。

第二に、幕屋とは、聖なる神が罪人である人間と共に住むために備えられた方法です。この方法を最もよく知っておられるのは神ご自身であるからこそ、人は従うべきなのです。幕屋は、父なる神様の私たちへの愛を表しています。

父なる神様の愛を覚えながら、今日も一日を生きていきましょう。​ 

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