聖書:エレミヤ1:5-8
題目:エレミヤの召命
賛美:310、330、321、326
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
1.預言者エレミヤとは誰か
① 祭司の家系(1:1)
エレミヤは祭司の家系に生まれました。
モーセ、サムエル、エゼキエル(에스겔)、洗礼者ヨハネのように、神に仕える家系です。
祭司とは、伝統(전통)を守る保守的な家系であり、一方、預言者は伝統に縛られず、常に神の新しい語りかけに応答する革新的な存在です。ホセアはその代表的な例です。
② アナトテ(아나돗)出身(1:1)
エレミヤはエルサレムから北東(북동)約5kmに位置する寒村(한촌)アナトテの出身です。
この地の代表的な人物として、祭司エブヤタル(아비아달)がいます。彼はサウルによる祭司一族虐殺の生き残りで、ダビデに仕えましたが、後にアドニヤ(아도니야)側についたため、ソロモンによって追放されました。
そのため、アナトテは祭司職を継ぐ者にとって不名誉(불명예)な土地と見なされていました。
2.エレミヤの召命
① 胎児以前からの選び(1:5)
神様は「胎児(태아)となる前からあなたを知り、聖別(성별)し、預言者として定めた」と語られました。
これは思いつきでエレミヤを預言者として呼んだのではなく、生まれる前から神様のご計画の中にあった召命です。
② 自分の未熟さを訴えるエレミヤ(1:6)
エレミヤは「私は若者に過ぎず、どのように語ってよいか分かりません」と答えました。
当時、彼は20歳前後だったと言われています。
彼は自分の欠点(결점)、限界(한계)、未熟さ(미숙함)に目を向け、「モーセやサムエルのようにはできない」「上手に語れる年配者がいるのに、田舎出身の若者である自分には無理だ」と感じていました。
しかし、神様が人を呼ばれる時、年齢は問題ではありません。
③ 神様の遣わしと命令(1:7)
神様はエレミヤ自身ではなく、神様ご自身に目を向けさせました。
「私が遣わすところへ行き、私が命じることをすべて語りなさい」と言われ、行き先も語る内容も神様が備えてくださることを示されました。
④ 恐れるな、私が共にいる(1:8)
神様は「恐れてはならない。私があなたと共にいて救う」と約束されました。
ヘブル語では「彼らの顔を恐れるな」という表現です。
人の顔を見るのではなく、神様の顔を見なさい、という招きです。
この召命の型は、モーセ、イザヤ、エゼキエルなど、他の預言者たちとも共通しています。
⑤ エレミヤの召命における大きな問題点(1:10)
神様はエレミヤを「万民の上、万国の上に立て、抜き、壊し、滅ぼし、倒し、建て、植える」者とされました。
ここでは「壊す」言葉が4回、「建てる」言葉が2回使われています。
これは、まずユダの国を壊し、滅ぼす預言を語る使命であり、後に建て直すための破壊でした。
ユダヤ人でありながら自国の滅亡を告げ、祭司の出でありながら神殿がなくなった方がよいと語り、バビロンの攻撃を神の裁きとして伝え、人々が70年間捕囚にされることを告げなければなりませんでした。
誰が聞いても不快になる言葉を語る使命、それがエレミヤの召命でした。
3.エレミヤの召命から分かる三つのこと
① すべての人に神様の計画がある
私たちの目にはどうしようもない人に見えても、神様の計画があります。
そして私たち一人ひとりにも、生まれる前から完全な神様の計画が備えられています。
神様は世界が造られる前から、私たちをキリストのうちに選ばれました(エペソ1:4)。
私たちは偶然(우연히)生まれ、偶然死ぬ存在ではなく、すべて神様の御手の中にあります。
② 神様は忠実な人を用いられる
預言者は、年齢、人望、知識、財産、雄弁さで選ばれるのではありません。
この世は多く持つ人を重んじますが、神様は忠実さをご覧になります。
エレミヤは、どれほど過酷な状況でも、どれほど厳しい言葉でも語り続ける忠実さゆえに選ばれました。
パウロは「福音を伝えないなら、私は災いに会う」と言い(1コリント9:16)、
エレミヤは「主の言葉は骨の中で燃える火のようで、抑えきれない」と語りました(20:9)。
③ 創造の前には破壊がある(창조 전의 파괴)
壊すからこそ、建てることができます。
壊れたものを修理し続けることには限界があります。
ヨシヤ王の改革は神様に喜ばれましたが、祖父マナセの悪行の影響により、神様の計画は変わりませんでした。
神様は時に、与えるだけでなく、奪うお方でもあります。
間違った価値観や世界観に汚染された信仰は、一度完全に壊されなければ、正しく立て直すことはできません。
4.イエス・キリスト
① イエス・キリストの計画
イエス・キリストの計画は、十字架にかかり、私たちの罪のために死ぬことでした(マタイ20:19)。
捕らえられることさえも、神様のご計画の中にありました(マタイ26:55–56)。
そのため、弟子たちやユダ、大祭司やピラトを憎む必要はありません。
② イエス・キリストの忠実さ
奇跡によって人々の注目を集めながらも、イエスは母マリアと同じく、神の御心に従うことを選ばれました(ルカ1:38)。
ゲッセマネでは「私の願いではなく、父の御心がなりますように」と祈られました(マタイ26:39)。
③ イエス・キリストの破壊
人々は、ローマを倒すメシアを期待しましたが、イエスが壊したのは人間の誤った信仰でした。
イエスは「平和ではなく、剣を投げ込むために来た」と語られました(マタイ10:34)。
これは破壊を命じる言葉ではなく、神様が壊される時があることを受け入れよ、という招きです。
5.まとめ
① エレミヤの召命から学ぶこと
私たちには生まれる前から神様が備えた計画があります。
神様は、人に嫌われる使命にも忠実に従うエレミヤを喜ばれました。
崩されなければ、立て直されることはありません。
信仰生活が苦しくなっている方へ
神様に失望している方へ。
人に憎まれても、神様に忠実に歩み続けてください。
神様が今取り去っておられるのは、再び新しく建てるためです。
人ではなく神様に焦点を当て続けてください。
必ず神様が立て直し、御心を示してくださいます。
エレミヤのように、神様の計画の中で忠実に生きていきましょう。
댓글0개