20230823水曜祈祷会
聖書:エレミヤ2:13
題目:神様を捨てたイスラエル
賛美:563番、436番、309番、200番
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
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■ はじめに:結婚生活のたとえ
「結婚生活の中で、いつが一番良かったでしょうか。結婚した当初でしょうか。それとも今でしょうか。」
神様は、イスラエルの民との関係を「夫婦関係」にたとえて語られます(エレミヤ2:2)。
ここで用いられる言葉に「ケルロート」という表現があります。これは、ハネムーン、花嫁時代、新婚生活の前段階を指す言葉です(Slide 1)。
神様にとって、イスラエルが荒野を歩んでいた時代は、まさにハネムーンの時代でした。
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■ 1.ハネムーン時代のイスラエル
かつてイスラエルは、「主はどこにおられるのか」と口にしたことすら懐かしいほど、今は神様を探すことさえしなくなっていました。
荒野時代のイスラエルは不平不満を多く口にしましたが、それでも「神様だけ」を愛していました。
金の子牛像事件の後、神様が「共に行かない」と言われた時、イスラエルは「それなら自分たちも行かない」と答えました(出エジプト記33章)。この時、彼らの心にはまだ神様への愛が残っていました。
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■ 2.結婚生活の時代に入ったイスラエル
神様はイスラエルを豊かな約束の地へ導き、良い実を食べさせてくださいました。
しかしイスラエルは、その地に偶像を持ち込み、与えられた土地を汚しました。今のイスラエルは、神様を捨て、他の神々と浮気している状態です。
つまり、イスラエルは「初めの愛」を完全に忘れてしまったのです。
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■ 3.イスラエルの二つの罪(エレミヤ2:13)
● 第一の罪:生ける水の源である神様を捨てたこと
イスラエルは、夫である神様(남편이신 하나님)を捨てました。
祭司たちは「主はどこにおられるのか」と尋ねることをしませんでした。
律法学者たちは、律法の方法は知っていても、神様の心を知りませんでした。
牧者たち、すなわち王や指導者たちは主に背き、神様ではなく自分たちに従うよう民を導きました。
預言者たちもまた、無益なもの、この世の祝福に従って歩んでしまいました。
● 第二の罪:自分たちのために壊れた井戸を掘ったこと
イスラエルは、栄光の神様を捨て、虚しい他の神々に従いました。
水をためることのできない壊れた水ためを、自分たちのために一生懸命掘り続けました。
キプロス人やケダル人でさえ、自分の神を取り替えることはありません。それにもかかわらず、イスラエルは栄光の神を、無益な神に取り替えてしまいました。
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■ 4.その結果として起こったこと
その結果、イスラエルは「素晴らしいもの」を捨て、「虚しいもの」を追い求める存在(ヘベル)となりました。
本来イスラエルは、主にとって聖なるものであり、収穫の初穂でした。
良いぶどうの木として植えられたにもかかわらず、悪い水を吸い、野生の悪いぶどうの木へと変わってしまいました。
そして、愛する方である神様ではなく、彼らを苦しめる存在――アッシリアやエジプト――の奴隷となっていきました。
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■ 5.それでもイスラエルは気づかない
ソーダや灰汁で洗っても落ちないほどの汚れがあるにもかかわらず、「自分たちは汚れていない」と言い張りました。
神殿では生贄を捧げていますが、外では他の神々に仕えています。
それは、家では良い妻を演じながら、外では他の男と遊んでいる姿に似ています。
例えば、平日は神様のことが頭になく、お金のことで頭がいっぱいになっている信徒の姿です。
その相手は一時的には楽しいかもしれませんが、決して愛してはくれません。むしろ人を辱め、傷つけます。しかし、多くの人はそれに気づいていないのです。
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■ 6.神様が望まれる夫婦関係
神様が望まれるのは、たくさんお金を稼ぎ、家のことも完璧にこなす妻ではありません。
顔も性格も良く、料理も上手でも、家の外で指輪を外すなら意味がありません。
たとえ何もできず怠け者であっても、365日、家の中でも外でも、夫だけを愛する妻を神様は喜ばれます。
どれほど優れた妻であっても、たった一日でも浮気をすれば、その関係は壊れてしまいます。
神様が望まれるのは、「夫さえいれば良い」と心から言える妻なのです。
(賛美歌309番「モッマルン ネ ヨンホン」)
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■ 7.神様の望み
● パウロの祈り(エペソ3:17–19)
パウロは次のように祈りました。
「信仰によって、キリストがあなたがたの心のうちに住み、あなたがたが愛に根ざし、愛を基として生活することにより、すべての聖徒と共に、その広さ、長さ、高さ、深さを理解することができ、また、人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、神に満ちているもののすべてをもって、あなたがたが満たされるように。」
ここから三つのポイントが分かります。
第一に、キリストが私たちの心の内に住み、神様の愛を基として生活することです。
第二に、すべての聖徒と共に、神の愛の広さ・長さ・高さ・深さを理解し、満たされることです。
第三に、私たちの日常生活のすべての場面――職場でも、家庭でも、旅行中であっても――神様が共におられるということです。
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■ 8.礼拝と偶像について
礼拝の始まりは、生贄を通して神様と交わることにありました。
神様との交わりは、本来、毎日続けるものです。そうすることで、神様の愛を正しく理解し、神様から離れなくなります。
しかし問題は、神様以外のもの、特に「お金」と毎日交わっているために、神様から心が離れてしまうことです。
偶像礼拝に陥る理由は、罪人にとって偶像が、抜き難い棘、あるいは感染症のようなものだからです。
体が弱り、発症して初めて病気に気づくように、偶像も知らないうちに心を支配します。結核にBCGワクチンが必要なように、日々の霊的な備えが必要です。
毎日見て、聞いて、考えるものが、やがて偶像となっていきます。
また、人は自分を罪人だと認めたくありません。その心を肯定してくれるものが、偶像となりやすいのです。
1980年代以降、「まず自分を愛しなさい」という自己愛の思想が広まりました。しかし、自分を源とする愛には限界があり、溢れるものは多くありません。
正しい順序は、「まず神様を愛すること」です。そうして初めて、溢れた愛をもって隣人を愛することができます。
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■ 9.イエス様の言葉(ヨハネ4:14)(Slide 2)
「しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも渇くことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が湧き上がる。」
私たちが毎日、神様と共に生きるなら、どれだけ与えても渇くことはありません。
それにもかかわらず、多くの人は壊れた水ために水を溜めようと必死に生きています。しかし、その努力は無駄に終わり、失望へと向かいます。
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■ 10.まとめ
神様は、私たちと共にいることを何よりも望んでおられます。
お金がなくても、健康が悪くても、性格に問題があっても、何も持っていなくても大丈夫です。24時間365日、どこにいても神様を礼拝し、神様を愛してください。
生きる道は、神様しかありません。この世のものがどれほど楽しく、幸せを与えてくれるように見えても、それは偽りです。
壊れた水ためではなく、湧き出る泉である神様を選びましょう。
日々の神様との交わりを大切にし、神様をよく知ってください。それこそが、私たちを偶像から守る唯一の道です。
毎日、神様と共に歩むこと――それが神様の望みです。

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