20230903青年部礼拝
聖書:ダニエル6:10–11
題目:祈りを止めるな
賛美:이제 역전되리라
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
はじめに
ダニエルは、法律によって祈りが禁止されたことを知っていながらも、いつもと変わらず神様に祈り続けました。その結果、王の助けもむなしく、ダニエルはライオンの穴に投げ込まれてしまいます。しかし神様は彼を守られ、ダニエルは生き残りました。
この出来事を通して、ダリヨス王はイスラエルの神様が生きておられる方であることを体験し、神の偉大さを認めるようになります。一方で、ダニエルに敵対した人々は自らの悪巧みによって命を落としました。
祈りとは、神様との対話であり、親しい交流であり、礼拝です。
80歳を超え、異国の地に生きながらも、神様の栄光を表すために祈り続けたダニエルの姿に倣い、私たちもそれぞれに与えられた場所で、それぞれの使命のために祈る者となりましょう。
聖書朗読(ダニエル6章10–11節)
ダニエルは、その詔書に王の印が押されたことを知っても、自分の家に帰り、屋上の部屋に上がり、エルサレムの方に向かって窓を開き、いつもしていたように、一日に三度ひざまずいて祈り、彼の神に感謝をささげていました。
すると人々は集まって、ダニエルが自分の神の前に祈り、願い求めているのを見つけました。
1.祈りとは何か
① 聖書的な祈り
祈りとは、神様との対話であり、親しい交流です。
それは単に自分の願い事を一方的に並べることではありません。たとえば、自分の話ばかりして相手の声を聞かない友人や親のような関係では、本当の交流とは言えません。
祈りを通して、私たちは神の民として生きる力を受け取ります。
決断に必要な知恵、誘惑に打ち勝つ力、悪魔の働きを見抜く洞察力、そして隣人を励ますための霊的な力が与えられます。
また、祈りを通して私たちは神の御心に従う心を整えられます。
自分勝手な思いではなく、聖霊の導きを聞くために祈りは不可欠です。
祈りは、霊的な呼吸なのです。
2.ダニエルの物語
① 時代背景(紀元前538年)
バビロン滅亡後、ペルシャ王クロスによって世界は統一されました。
クロス王はゼルバベルをユダヤの総督として立て、神殿再建の許可を与え、大祭司ヨシュアと共にエルサレムへ帰還する道を開きました。
本日はその時代に生きたダニエルと、ダリヨス王に焦点を当てます。
② 外国生活におけるダニエルの使命
ダニエルは当時82歳でした。彼がバビロンの捕虜となった時は、わずか15歳でした。
彼は異国の地で、労働者としても公職者としても模範的な人生を歩みました。
ダニエルの使命は、自分が生き残ることではなく、神の国の民としての姿を人々に示すことでした。
それが可能だったのは、毎日の祈祷生活があったからです。
神様との交わりの中で、自分自身を神の前に正しく保つことができたのです。
③ メディア人ダリヨス王
ダリヨス王は内政を担当し、外政はクロス王が担う共同統治の体制でした。
バビロンはすでにメディアによって滅ぼされていましたが、メディア人が政治を行っていたのは、バビロンがメディアによって滅びるというイザヤ書とエレミヤ書の預言が成就するためでした(イザヤ13:17、エレミヤ51:11、28–29)。
ダリヨス王は忠誠心にあふれ、正しいことを愛する人物であり、ダニエルの誠実さを見つけて喜びました。
④ ダニエルを恨む者たちの企て
高官たちはダニエルの汚職を探しましたが、何一つ見つけることができませんでした。
そこで彼らは王を唆し、祈りを禁じる法律を制定させます。
ダニエルの日常的な信仰生活そのものを利用して、彼を陥れようとしたのです。
⑤ ダニエルとダリヨス王の反応
ダニエルは祈祷禁止令を知っても、いつも通り祈り続けました。
長年守ってきた祈りの生活をやめなかったのです。
一方、ダリヨス王はダニエルを救おうと手を尽くしましたが、メディアとペルシャの法律は、王であっても変えることができませんでした。
王は言いました。
「あなたがいつも仕えているあなたの神が、あなたを救ってくださるように。」
しかしダニエルは、王の力ではなく、神の主権だけを信頼していました。
⑥ ダニエルの処刑
法律に従い、ダニエルはライオンの穴に投げ込まれました。
救出を防ぐため、穴は石で塞がれ、王と貴族の印で封印されました。
高官たちは宴会を開いたことでしょう。
しかし王は、自分が利用されたこと、忠実な友を失ったことを思い、喜ぶことができませんでした。
王は断食し、ダニエルのために一晩中眠らずに過ごしました。
⑦ 翌朝の出来事
王は叫びました。
「生ける神のしもべダニエルよ。あなたがいつも仕える神は、あなたを救うことができたか。」
ダニエルは答えました。
「王様、おはようございます。私はよく眠れました。」
神様を体験したダリヨス王は、生きておられる神についての宣言を出し、イスラエルの神の偉大さと優越性を認めました。
さらに、取り消せないはずの規定を無効とし、悪巧みをした者たちはライオンの穴に投げ込まれ、地面に落ちる前に食べ尽くされました。
⑧ この物語のポイント
ダニエルは、どんな状況でも「いつも通り」祈りました。
危機だから祈ったり、危機だからやめたりしたのではありません。
日々の祈りの生活が、彼を危機の中でも神に信頼する者として立たせました。
人の性格は逆境の中で作られるのではなく、逆境の中で現れるのです。
ダニエルの祈りは「困った時の神頼み」ではありませんでした。
神様との正しい関係の中で、救いを確信していたのです。
3.イエス様の祈り
① 主の祈り(マタイ6:9–13)
主の祈りは、呪文のように唱えるものではありません。
祈る時の態度を教える祈りです。
暗唱して繰り返すことではなく、まず神様を第一とし、その後に人の必要を祈ることを教えています。
利己的な祈りは教えていません。
② ゲッセマネの祈り(ルカ22:42)
「父よ、みこころなら、この杯をわたしから取り除けてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころがなりますように。」
イエス様は、自分の思いではなく、神様の御心が成るように祈られました。
自分の人生が人の手ではなく、神の御手の中にあることを知っていたからです。
それは自分のためではなく、神の国のため、神の栄光のため、使命のための祈りでした。
その結果、イエス様ご自身も復活し、私たち隣人も救われたのです。
4.まとめ
① 三つのポイント
祈りとは、神様との対話であり、親しい交流です。
祈りを通して、神の民として生きる力を得ます。
祈りを通して、神の御心に従う心が整えられます。
② 適用
日々、祈りによって神様との交流の時間を持ってください。
神様との交わりなしに、正しいキリスト者として生きることはできません。
危機の中でも、人ではなく神様にだけ頼る判断ができるようになります。
神の国のために祈る時、私たちは神の祝福と「逆転」を経験します。
自分の願い事のためだけではなく、神様との対話と交流のために、祈ることを決して止めないでください。


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