20230904早天祈祷会
聖書:レビ7:1–7
題目:罪過のための生贄
賛美:216番
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書朗読(レビ記7章1–7節)
これは、罪過のためのいけにえの規定である。これは最も聖なるものである。
全焼のいけにえを屠る場所で、罪過のためのいけにえを屠り、祭司はその血を祭壇の周囲に注ぎかける。
また、その脂肪をすべて献げる。すなわち、脂肪の多い尾、内臓を覆う脂肪、二つの腎臓とその上にある脂肪、腰のあたりにあるもの、肝臓の上の小葉を腎臓と共に取り除く。
祭司はそれらをすべて祭壇の上で焼いて、主に香ばしい火による捧げ物として献げる。これは罪過のためのいけにえである。
祭司である男子は皆これを食べなければならない。聖なる場所で食べる。これは最も聖なるものである。
罪のためのいけにえと、罪過のためのいけにえとは、その規定が同じであり、そのいけにえは、贖いを行う祭司のものとなる。
1.本文解説
① 前置き:レビ記について
レビ記は、祭司のための業務マニュアルであるため、非常に難しく感じられます。
レビ記1章1節では「主は幕屋からモーセに告げられた」と記されています。一方、民数記1章1節では「主は幕屋でモーセに告げられた」とあります。
つまり、レビ記に記された礼拝といけにえを通して、人は神様に近づくことができる、という意味が含まれています。
レビ記ほど、神様が多く語っておられる書は他にありません。
新約の時代に生きる私たちは、一人一人が祭司であるがゆえに、レビ記を知る必要があります。
すべてを完全に理解することはできません。しかし、「知ろうとする姿勢」が大切です。
たとえば、夫が自分の好きな物を妻にプレゼントしても、妻が受け取らなければ夫は苦しみます。
同時に、妻も「自分の好きな物を理解しようとしない夫」に苦しみます。
神様との関係も同じです。
② 罪過(속건제)のための生贄とは
レビ記7章では、5章で述べきれなかった罪過のための生贄の具体的な手順が説明されています。
基本的には、7節にある通り、4章で語られている「罪のための生贄」と同じ手順です。
4章で扱われる罪は、「知らずに犯した罪」です。
5章と7章で扱われる罪過(속건제)は、「知っていて犯した罪」です。
どちらも罪であるため、基本的な手順は同じです。
③ 罪のための生贄との違い
違いもあります。
罪過のための生贄では、血を祭壇の角(뿔)に塗りません。
血は、祭壇の基(ベース)ではなく、側面に注がれます。
祭壇の角に血を塗るのは、「知らずに犯した罪」、つまり人が元々持っている罪の性質を表しています。
角は神の裁きを象徴し、その血の力が神に向かい、また全地に向かっていることを示します。
一方、祭壇の側面に血を注ぐのは、「知って犯した罪」を意味します。
旧約聖書には、ヨアブ将軍がソロモン王を裏切り、天幕に逃げて祭壇の角をつかんだ場面があります。
このことからも、角(뿔)は救いの象徴であることが分かります。
④ なぜ脂肪を捧げるのか
脂肪は、動物の中で最も良い部分とされていました。
それは、最も良いものを神様に捧げる姿勢を表しています。
脂肪と血は神様のものであり、人間は食べてはなりません。
実際、神様が脂肪そのものを必要としているわけではありません。
神様が見ておられるのは、「神様のものを、自分のものにしない信仰」です。
すなわち、命を神様に捧げ、最も良いものを神様に捧げる信仰を見ておられるのです。
現代の私たちも同じです。
自分の命を神様に捧げ、十分の一を捧げる信仰が問われています。
もしこれらを捧げることができないなら、罪の清めはありません。
2.イエス・キリストとの関係
① ルカ16章13節から
この世は、「神(命)」を取るか、「お金(財産)」を取るか、という選択の連続です。
罪が清められている者は、お金ではなく神様を選びます。
新約時代において、最も良いものとは「お金」です。
お金が動くところに、人の心があります。
旧約の祭司たちは、最も高価な脂肪を神様に捧げました。
また、自分たちの命を象徴する血を神様に捧げました。
では、私たちはどうでしょうか。
自分が持っている最も高価なものを、神様に捧げているでしょうか。
自分の人生と命を、神様に捧げているでしょうか。
一度、真剣に悩む必要があります。
② アブラハムとロトの対比
アブラハムは、富を諦めて義を選び、命を選びました。
一方ロトは、命を捨て、義を捨て、富のために危険な町を選びました。
その結果、アブラハムは豊かにされ、
ロトは財産も命も失いかけることになりました。
3.結論
私たちは祭司として、脂肪と血、すなわち最も大切なものと命を神様に捧げているでしょうか。
もし捧げられていないなら、自分の救いを一度疑う必要があります。
それは、罪が清められていない可能性があるからです。
自分の最も大切なもの、すなわちお金を捧げ、
自分自身を神様に捧げる祭司として、今日も生きていきましょう。


댓글0개