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富の危険性(申命記8:11–20 )
고요한 2026-01-20 추천 0 댓글 0 조회 47

2024年1月28日 早天祈祷会

 

聖書:申命記8:11–20 

題目:富の危険性

賛美:284番

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회

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【はじめに】

申命記8章は、イスラエルの民が荒野の40年を終え、いよいよ約束の地に入ろうとする直前に語られたモーセの警告の言葉です。これから彼らは、飢えや渇きではなく、豊かさと安定の中で生きることになります。しかしモーセは、その「祝福の時」こそが最大の危険であると語ります。本日はこの御言葉から、「富の危険性」について学びます。

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【Ⅰ.本文解説】

1.富に気をつけよ

モーセはまず、富がもたらす霊的な危険について語ります。富は、人に神様の教えを忘れさせ、神様ご自身を忘れさせる力を持っています。持っているものが増えれば増えるほど、人は「主がしてくださったこと」を忘れ、自分の力で築き上げたかのように錯覚してしまいます。富は、主を見上げる信仰を弱め、「これは自分の努力の結果だ」と言わせてしまうのです。

2.富自体は悪いものではない

しかし聖書は、富そのものが悪だとは教えていません。神様が富を与えられるのは、先祖たちに誓われた契約を成就するためです。問題は、富によって神様を忘れ、神様以外のものに仕え始めることにあります。富を神の代わりにする時、人は必ず霊的な破滅へと向かいます。他の神々に仕えるなら、その結末は滅びしかないと、モーセははっきり警告しています。

3.富に溺れた国々の結末

イスラエルが滅ぼした諸国民は、皆、富に溺れた国々でした。神様はその姿をイスラエルの前に示し、「富に仕える民の行き着く先」を目に見える形で教えられました。神様は、イスラエルだからといって特別扱いをされるお方ではありません。ただ富を求める信仰が、いかに危険であるかがここから分かります。

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【Ⅱ.新約聖書の教え】

1.神と富の両立はできない

イエス様は「神と富との両方に仕えることはできない」(マタイ6章24節)と語られました。それほどまでに富は危険な存在です。しかし同時に、「神の国と神の義とをまず第一に求めなさい。そうすれば必要なものはすべて与えられる」とも約束されています。私たちは、自分が望む富ではなく、神様が与えてくださる分量に満足することを学ばなければなりません。そうでなければ、限りない欲望が傲慢を生みます。基準を自分ではなく、神様に置く必要があります。

2.金持ちと神の国

イエス様は「金持ちが神の国に入るよりは、ラクダが針の穴を通る方がやさしい」(マルコ10章25節)と言われました。お金の力は、それほど人を神様から遠ざけます。これは牧師や教会指導者も例外ではありません。「この長老は献金をたくさんしているから」というような評価基準は、福音的ではありません。お金のために生きる人が、神様の王国に入ることは非常に難しいのです。

3.恵みはすでに十分である

パウロは「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れる」(2コリント12章9節)と主から語られました。神様の与える富に満足するとは、神様の基準に従って生きることです。私たちに必要な最低限は、すでに与えられています。たとえ経済的に厳しい状況にあっても、私たちはお金によって安心するのではなく、神様が働かれることによって安心すべきです。

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【Ⅲ.まとめ】

富そのものが悪いわけではありません。しかし、富は非常に危険なものです。その管理する霊的な力がなければ、人は傲慢になり、神様から離れてしまいます。私たちは富よりも大切な神様の国を忘れず、与えられた分に満足して生きる信仰を求めていきましょう。

神様こそが、私たちの真の拠り所です。​ 

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