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心から捧げる礼拝(エズラ3:1–2)
고요한 2026-01-22 추천 0 댓글 0 조회 57

 

20240207水曜祈祷会

聖書:エズラ3:1–2
題目:心から捧げる礼拝
賛美:15、29、30、40

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


1.礼拝形式の歴史(Slide1)

まず初めに、礼拝の形式がどのように変化してきたかを簡単に見ていきたいと思います。

① 旧約時代からの礼拝の場所・方法・日時

礼拝の場所は、時代によって変わってきました。
旧約時代にはモーセの天幕、そしてソロモン神殿がありました。
その後、迫害の時代にはカタコンベ(地下墓地)で礼拝が捧げられ、やがて建物としての教会、たとえばサン・ピエトロ大聖堂のような教会が建てられるようになりました。

礼拝の方法も変化しています。
祭司を通してのいけにえ、聖歌隊による賛美、監督や長老による説教、聖餐式、祈り、信仰告白などが行われてきました。

礼拝の日時についても、安息日、日曜日、不定期の集会、また過越の祭り(유월절)、五旬節(오순절)、仮庵の祭り(초막절)など、さまざまです。

このように、場所・方法・日時は時代によって移り変わってきました。
では、礼拝において最も大切なものは何でしょうか。


2.神殿建築から学ぶ正しい礼拝態度

① 登場人物(Slide2)

ここで、エズラ記3章の背景に登場する人物たちを整理します。

まず、メディア王ダリヨスです。
彼はペルシャ王国の内政を担当していました。クロス王の妻の父でもあり、ダニエルを通してイスラエルの神を知る人物です。

次に、ペルシャ王クロスです。
彼は外政を担当し、神様に選ばれてユダヤ人に神殿再建を命じました。

総監ダニエルは、三人の総監の一人でした(ダニエル6章2節)。
彼は犠牲を捧げる礼拝ができない環境にありましたが、それでも主の前に正しい人生を歩み、エルサレムに向かって一日三回祈りました。
その結果、80歳を超えても、メディア人ダリヨスに神の偉大さを伝えることができました。

総督ゼルバベルは、120人の総督の一人で、ユダ州を担当しました。
彼はクロス王から神殿再建の命令を受け、ダビデ王の子孫として政治的指導者の役割を担いました。

大祭司ヨシュアは、アロンの子孫で宗教的指導者でした。
預言者ゼカリヤによって金銀でできた冠をかぶせられ、王と祭司の両方の役割を担うイエス・キリストを預言する存在でした。
サムエル時代のサウル王、イザヤ時代のウジヤ王とは対照的な姿です。


② 心で行う礼拝(Slide3)

エズラ記3章1節には、
「民は一人のようにエルサレムに集まった」と記されています。

ここから、正しい礼拝の姿勢が見えてきます。

第一に、礼拝をしたいという心が一致していたということです。
その心は、神殿を建てるという具体的な行動として表れました。

第二に、彼らには50年から70年もの間、心から礼拝を捧げられなかった後悔がありました。
これは詩篇137篇にも表れています。

第三に、4章でサマリヤ人を拒絶した理由は、
彼らが信じている神が異なり、心を一つにできないと判断したからです。

正しい礼拝とは、心を一つにして捧げる礼拝なのです。


③ 神様の基準に従う礼拝(Slide4)

エズラ記3章2節には、
「モーセの律法に記されたところに従って」とあります。

ここで大切なのは、自分を基準にするのではなく、神様を基準にする心です。
神様を熱く愛する者は、神様の基準に従い、神の国の法に従うことに喜びを見出します。

捕囚の期間、彼らは神殿で礼拝することはできませんでした。
しかしその代わりに、会堂(シナゴーグ)を建て、律法を学び直す情熱を持ち続けました。
これは、コロナ期間中の自粛生活にも通じる姿です。

一方、サマリヤ人は、自分たちの都合の良い方法で礼拝を捧げていました。

正しい礼拝とは、神様の基準に従って捧げる礼拝です。


④ 神様に捧げるための礼拝(Slide5)

エズラ記3章2節には、
「その上に燔祭を捧げるためであった」とあります。

彼らは7月1日に仮庵の祭り(초막절)を行いました。
これは、荒野生活の終わりを記念する祭りです。

礼拝とは、救いという恵みをすでに受けたから捧げるものです。
恵みを受けるための礼拝ではありません。

サマリヤ人は、神の怒りを鎮め、自分たちが平安に暮らすために礼拝を捧げようとしました。
その証拠に、拒絶されると自尊心が傷つき、神殿建築の妨害を始めました。
本当の助け手は、断られたからといって報復することはありません。


⑤ 正しい礼拝態度のまとめ

正しい礼拝には、次の三つが必要です。

1.心で行う礼拝
2.神様の基準に従う礼拝
3.捧げるための礼拝

賛美歌30番が語るように、
私たちは恵みを受けるためではなく、すでに恵みを受けたから神様を賛美するのです。


3.イエス様が語られた礼拝(ヨハネ4章)

① 登場人物(Slide6)

サマリヤの女は、昼の12時に一人で井戸に水を汲みに来ました。
本来なら、早朝や日没前に集団で来る時間帯です。
彼女が仲間外れにされていたことが分かります。

彼女は5回離婚し、現在は未婚の男性と同棲していました。
ユダヤ社会では非常に恥ずかしい状況です。
これは、男性に満足を求め続けていた結果でもあります。

彼女はヤコブの井戸に期待していましたが、
実際には肉体的にも霊的にも渇いていました。

イエス・キリストは、ユダヤ人でありながらサマリヤ人に話しかけ、
男性でありながら評判の悪い女性に自ら近づきました。
当時の常識や礼儀は、イエスには通用しませんでした。

それは、渇かない水、湧き出る命の水を与えるためでした。


② 心で行う礼拝(Slide7)

ヨハネ4章23節には、
「霊と誠をもって父を礼拝する時が来る」とあります。

これは、習慣的な礼拝ではなく、誠実な心で捧げる礼拝です。
この世の祝福ではなく、霊的なものを求める礼拝です。

心のない形式的な礼拝は、神の怒りを招きます。
人々の称賛を求めたパリサイ人がその例です。


③ 神様の基準に従う礼拝(Slide8)

ヨハネ4章21節でイエスは、
「この山でも、エルサレムでもない」と言われました。

かつては神殿と祭司を通しての礼拝が義務でしたが、
イエスの死によって神殿の幕は上から裂かれました。

今や私たちは、いつでも、どこでも、誰を通さなくても礼拝できる存在です。
私たち自身が神の宮だからです(Ⅰコリント6章19節)。

しかし、日曜日に教会に集まることで、
一人ではできない奉仕や伝道という素晴らしい礼拝が可能になります。


④ 捧げるための礼拝(Slide9)

サマリヤの女は、水がめを置いたまま町に行き、
「私のしたことをすべて言い当てた人がいる」と伝えました。

彼女は恥も目的も忘れ、喜びのあまり伝道に走りました。
礼拝も同じです。

嬉しくて、自分を犠牲にしてでも捧げること、
それが本当の礼拝です。
何かをもらうための礼拝は、礼拝ではありません。

結婚も同じです。
自分が犠牲になってもよいと思える相手を選ぶのであり、
利益を得るための結婚は間違っています。

自分の利益を求める礼拝を続けると、
やがて説教を評価するようになります。
しかし、礼拝とは人を見るのではなく、
人を通して神様を見ることなのです。


4.正しい礼拝態度(旧約も新約も変わらない)

① 心から行う礼拝

  • この世のものを求めず

  • 心を一つにし

  • 神の国を待ち望む心で捧げる礼拝

② 神様の基準に従う礼拝

  • 旧約では律法、今はイエスの教え

  • 場所や形式に縛られない

  • 神に従おうとする心を大切にする礼拝

③ 捧げるための礼拝

  • 何かを得るためではなく

  • これまでの恵みに感謝し

  • 自分自身を捧げる礼拝

神様は、そのような礼拝を喜ばれます。 

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