20240216金曜祈祷会
聖書:雅歌4:7-9
題目:関係を楽しもう
賛美:主と共に歩む道
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
1.正しい夫婦関係とは何か
ある質問をしてみましょう。
夫はジャージャー麺を食べたい。
妻はフォーを食べたい。
このとき、正しい夫婦関係はどれでしょうか。
1つ目:2人でジャージャー麺を食べに行く
2つ目:2人でフォーを食べに行く
3つ目:別々に分かれて、それぞれ食べたいものを食べに行く
答えは、1つ目と2つ目です。
ただし、嫌々一緒に行くのは良くありません。
大切なのは、片方が食べたいものを、もう片方も喜んで共にすることです。
理想的には、夫が妻を上手に説得することですが、
正直に言えば、多くの男性はそこまで気が利きません。
ここで重要なのは、
**「何を食べるか」よりも、「共にする関係を第一にしているかどうか」**です。
2.雅歌に見る新郎と新婦の関係
(1)雅歌とはどんな書物か
雅歌は「ソング・オブ・ソングス」、
つまり「多くの歌の中で最も優れた歌」という意味です。
聖書には
Lord of Lords(主の主)、
King of Kings(王の王)、
Holy of Holies(至聖所)
という最上級表現がありますが、雅歌も同じです。
雅歌は、新郎と新婦、つまり夫婦関係を歌った書です。
親子関係は一時的ですが、
夫婦関係は死ぬまで続く、一生の関係です。
だからこそ、雅歌を学ぶことは非常に価値があります。
結婚していない人であっても、
良い夫婦関係を学ぶことは、信仰生活に大いに役立ちます。
(2)夫婦はお互いの人格を楽しんでいる(7節)
「あなたのすべては美しく、あなたには何の汚れもない。」
新郎は、新婦のすべてを愛しています。
1節から5節を見ると、新郎は新婦の姿を
目 → 髪 → 歯 → 唇 → 頬 → 首 → 胸
という順番で見ています。
注目すべきは、視線が胸からではなく、目から始まっていることです。
これは、新郎が新婦の人格を見ていることを示しています。
新郎は、新婦の美しさを、自然や建物にたとえて表現しています。
それは、この世の美しさすべてを、新婦の中に見ているということです。
「汚れがない」という言葉は、
新婦が本当に完全だからではありません。
実際、新婦は日焼けした田舎娘でした。
しかし、新郎の愛のあるまなざしが、
彼女を「美しい」と見させているのです。
聖書にもこうあります。
「ヤコブよ、あなたの天幕は麗しい」(民数記24:5)
(3)夫婦は人生を共にすることを楽しんでいる(8節)
「私と一緒にレバノンから降りて来なさい。」
レバノンは、新婦にとって住み慣れた故郷でした。
しかし新郎はエルサレムに住んでいます。
危険な獣が住む山を越えてでも、
「私と一緒に来てほしい」と新郎は言います。
ここで大切なのは、
一緒にいることが何よりも大事だということです。
住み慣れた場所を離れてもいい。
危険で遠い道を通ってもいい。
とにかく、共にいることが最優先なのです。
また、レバノンは物質的には豊かですが、
霊的には神から遠い土地でした。
新郎は、新婦をそこから救い出そうとしているのです。
(4)夫婦は二人きりの時間を楽しんでいる(9節)
「ただひと目で、首飾りのひと玉で、あなたは私の心を奪った。」
これは、新婦以外が目に入らない、
二人だけの時間を楽しんでいる姿です。
10節から16節では、夫婦の肉体的関係が描かれています。
正しい順序で持たれる夫婦関係は、
神様の目に非常に良いものです。
「ひと目で」「宝石ひとつで」とは、
ほんの一瞬見ただけで、心を奪われるほど愛しているという意味です。
「心を奪われた」とは、
自分の心が相手のものになった、ということです。
聖書は、夫婦が自分の体を
相手に属するものと考えるよう教えています(Ⅰコリント7:3–5)。
正しい夫婦関係は、
互いのために自己犠牲を喜ぶ心の上に成り立っています。
(5)聖書に見る夫婦関係のまとめ
1.お互いの人格を楽しむ
2.人生を共にすることを楽しむ
3.二人だけの時間を楽しむ
3.イエスと私たちの関係
(1)イエスの人格を楽しんでいるか
ピリピ2章6〜8節は、
イエスの人格を最も美しく表しています。
イエスは、汚れた私たちのために人となり、
十字架で死なれました。
そして、私たちを「美しい」と言ってくださいます。
私たちは、これほど愛してくださる
イエスの人格を大切にしているでしょうか。
祈りは対話です。
一方的な要求だけの祈りになっていないでしょうか。
(2)イエスと人生を共にすることを楽しんでいるか
マタイ28章20節で、
イエスは「私はいつもあなたがたと共にいる」と約束されました。
イエスが最後に願われたのは、伝道です。
それは楽な道ではありませんが、
イエスご自身が歩まれた道です。
私たちがイエスの願いを生きるとき、
イエスはいつも共にいてくださいます。
義務感だけの信仰生活に疲れていないでしょうか。
(3)イエスと二人きりの時間を楽しんでいるか
ルカ5章16節には、
イエスが寂しいところで祈られたとあります。
「荒野」とは、御言葉を聞く場所です。
イエスは、人々から離れ、
神様と二人きりになる時間を大切にされました。
私たちは、聖書や祈りの時間を
後回しにしていないでしょうか。
(4)正しい信仰生活のまとめ
1.イエスの人格を楽しむ祈り
2.イエスと同じ人生を歩む喜び
3.イエスと二人きりの時間を楽しむ
夫婦生活を楽しむように、
信仰生活も楽しむことを、神様は望んでおられます。


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