20240317青年部礼拝
聖書:マルコ4:14–20
題目:伝道の心構え
讃美:물이 바다 덮음같이
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
Ⅰ.はじめに:種蒔きのたとえは何を教えているのか
種蒔きの比喩は、
「御言葉を聞いて多くの実を結ぶ人を選び分けるための知恵」でも、
「多くの人に御言葉を受け入れてもらうための伝道技術」でも、
ましてや
「自分自身が多くの実を結ぶ人になる方法」を教える話でもありません。
このたとえが教えている中心点は、
多数の人が御言葉を拒絶するとしても、受け入れた少数が豊かな実を結ぶのだから、人を選ばずに御言葉を伝えなさい
ということです。
重要なのは、
「どれほど優れた方法で伝えたか」ではなく、
すべての人に伝えようとしているかどうかです。
人々が拒否したとしても、御言葉は神ご自身の驚くべき方法によって広がっていきます。
だから私たちは、罪悪感ではなく、健全な負担感をもって、すべての人に御言葉を述べ伝えていきましょう。
Ⅱ.種蒔き(뿌리는 자)の比喩の内容
1.比喩の内容(Slide1–2)
イエスは、四つの異なる土地に落ちた種の話をされました。
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種が道端に落ちると、鳥が来て食べてしまった。
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種が土の薄い石地に落ちると、芽は出たが、根がなく日照りで枯れてしまった。
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種がいばらの中に落ちると、成長できず実を結ばなかった。
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種が良い地に落ちると、三十倍、六十倍、百倍の実を結んだ。
2.イエスによる解釈(Slide3–4)
イエスはこのたとえを次のように解釈されました。
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種:御言葉
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土:御言葉を聞く人の心
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種蒔き:御言葉を伝える人
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実り:救い
また象徴として、
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鳥:サタン
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日差し:困難や迫害
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いばら:この世の心配、富への誘惑、さまざまな欲望
それぞれの土地は、
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道端:頑固な心
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石地:困難に弱い心
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いばらの地:誘惑に弱い心
を表しています。
Ⅲ.この比喩の結論は何か(Slide5)
1.間違いやすい結論
一見すると、
「困難や誘惑に打ち勝ち、御言葉を受け入れる柔らかい心を持ちましょう」
という結論に行きがちです。
しかし、ここで疑問が生まれます。
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なぜ「耕す」「雑草を抜く」といった表現が出てこないのか
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なぜイエスは群衆には詳しく説明せず、弟子たちにだけ説明したのか
また、
「御言葉を受け入れそうな人だけを選んで伝えましょう」
という結論も考えられますが、
これは神の目的(大宣教命令)と正反対なので誤りです。
2.正しい結論
このたとえの結論は明確です。
落胆せず、偏見を持たず、すべての人に御言葉を伝えなさい。
この比喩は、
伝道者を責めるためではなく、
励ますために語られたものだからです。
Ⅳ.ムステリオン(奥義)の視点(Slide6)
イエスはこのたとえを「神の国の奥義(ムステリオン)」と呼びました。
1.奥義の内容
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ユダヤ人だけでなく、異邦人もイエスを通して救われる(エペソ3:6)
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神はすべての人を愛し、すべての人が救われることを望んでおられる
本来、神はユダヤ人を通して全世界を救おうとされました。
しかしユダヤ人はイエスを拒否しました。
その結果、救いは異邦人に先に及びました。
それでも神はユダヤ人を捨てませんでした。
それほどまでに、両者を等しく愛しておられるのです。
Ⅴ.奥義の観点から見る種蒔きの比喩(Slide7–9)
1.実を結ばせるのは種蒔きではなく、土の状態(Slide7)
実を結ぶかどうかは、
伝道者の能力ではなく、
受け取る人の心の状態によります。
もし伝道者の技量で救いが決まるなら、
人の救いは神ではなく人の努力によるものになります。
また、救われなかった場合、
伝道者は強い罪悪感を抱くことになります。
しかし、救いは100%神の御業です。
2.実を結ぶ土地は少ないが、収穫は大きい(Slide8)
すべての土地が実を結ぶわけではありません。
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「残る者」(イザヤ10章、エレミヤ23章)
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「狭き門」(マタイ7章)
イエスが群衆には比喩で語り、弟子たちに解説したのは、
受け入れる者が少ないからこそ、
その少数を大切にしているからです(マルコ4:25)。
そして、その実りは想像以上になります。
十二弟子はペンテコステの日に三千人の仲間を得ました(使徒2:41)。
3.だから全ての土地に種を蒔こう(Slide9)
私たちの役割は、
神の栄光のために種を蒔くことです。
実りを生み出すことも、その栄光も、神のものです。
伝道すると、
「これだけ頑張ったのに実がない」
「なぜ救われない人がいるのか」
という不満が生まれます。
しかし、
「全ての人に伝えれば、全ての人が救われる」
という考え自体が誤りなのです。
私たちが伝道する理由は、
イエスへの愛があふれているからです。
神が私たちに伝道を任せるのは、
労働力としてではなく、
神の心を知ってほしいからです。
4.いばらの地について
いばらの地の人も、良い土地を持っています。
しかし、他のものが成長してしまっています。
その人は、
「種を蒔くこと」ではなく
「結果を得ること」を目的にしています。
結果が出なければ落胆し、
効率を求めるようになります。
しかし目的は、種を蒔くことです。
どんな結果であっても、
自分が称賛を受けるための伝道なら、
それは神の栄光にはなりません。
Ⅵ.まとめ(Slide10)
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実を結ぶのは種蒔きではなく、受け入れる心の状態である。
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実を結ぶ土地は少ないが、その収穫は非常に大きい。
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だから落胆せず、すべての土地に種を蒔き続けよう。


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