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限りない赦し(マタイ18:21-35)
고요한 2026-01-26 추천 0 댓글 0 조회 38

20240324青年部礼拝

聖書:マタイ18:21-35
題目:限りない赦し
讃美:죄 많은 이 세상은 내 집 아니네

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


導入 ― 復讐を評価する世界と、赦しを求める神の国

私たちは、復讐を高く評価する世界に生きています。
仕返しをする人、やり返す人が「強い」「正しい」と思われる社会です。

しかし、神の国は違います。
すべてを赦せる人だけが入ることのできる国です。

では、なぜ人は復讐を好み、相手を赦すことができないのでしょうか。
それは私たちが、自分こそが正義だと勘違いし、
本来は赦される価値のない存在であるのに、赦された者である
という事実を理解していないからです。

私たちが、100%神の恵みによって赦された存在であることを、
心から理解した時、相手を赦すことのできる変化が起こります。

その日まで、私たちは何度もイエスに会いに行く必要があります。


1.復讐を高く評価する世の中(Slide1)

① 臥薪嘗胆 ― 復讐は昔から称賛されてきた

紀元前5世紀、中国の呉の国の王・夫差は、
前王が受けた屈辱を晴らすため、薪の上に臥して眠り、
その痛みを通して復讐の決意を忘れませんでした。
そして越の国を攻撃しました。

一方、敗れた越の国の王・勾践は、
その屈辱を忘れないために、胆を嘗めながら復讐を誓い、
最終的に呉の国に勝利します。

このように、古代から現代に至るまで、
復讐の物語は人々に好まれてきました。


② 神の国の価値観はまったく違う

しかし、神の国では、復讐は人の仕事ではありません。
復讐は神の仕事であり、人が復讐することを神は嫌われます。

イエスはこう言われました。
「もし人を許さないなら、あなたがたの父も、あなたがたの過ちを許さない」(マタイ6:15)

つまり、どうしても赦せない人がいるなら、
その人は天国に入ることができない、ということです。

「赦せない人がいるかどうか」は、
天国に入れるかどうかの一つの指標になります。

では、復讐を高く評価するこの世の中で、
私たちはどうすれば相手を赦すことができるのでしょうか。


2.一万タラントの負債者のたとえ

① ペテロの質問とイエスの答え

ペテロはイエスに質問しました。
「兄弟が私に罪を犯した場合、何回まで赦すべきでしょうか。七回までですか。」

当時は、「三回赦せば十分」「意図的な罪は赦さなくてよい」と考えられていました。
ペテロの「七回」は、かなり寛大な提案でした。

しかしイエスは答えます。
「七回ではない。七の七十倍まで赦しなさい。」

これは回数の問題ではなく、
限りなく赦し続けなさいという意味です。


② 王と僕たちとの決算(Slide2〜5)

ある王が、僕たちと決算を始めました。
そこに、一万タラントの負債を負った僕(僕1)が連れて来られます。

一デナリは一日分の労働賃金、
一タラントは6000デナリ、
一万タラントは6000万デナリです。
これは、一生どころか何世代かかっても返せない額です。

返済できないため、王はその僕と妻子、持ち物すべてを売って返済するよう命じました。
実際には、終身奴隷となり、家族も未来も失う状況でした。

すると僕1はひれ伏して言います。
「どうか待ってください。全部お返しします。」

王は彼を哀れに思い、
その負債をすべて赦し、免じました。

しかしその僕1は外に出ると、
百デナリを貸している別の僕(僕2)に出会います。
彼は首を絞めて言いました。
「借金を返せ。」

僕2も同じように願います。
「どうか待ってください。返しますから。」

しかし僕1は哀れに思わず、
僕2を借金を返すまで牢屋に入れてしまいました。

それを見た仲間たちは心を痛め、
すべてを王に報告しました。

王は怒り、僕1を呼びつけて言います。
「私が哀れんで赦してやったように、
なぜあなたは仲間を哀れまなかったのか。」

そして王は、
負債をすべて返すまで、僕1を獄吏に引き渡しました。
彼は拷問を受け続けることになります。


3.どうすれば私たちは赦せるのか

① 自分の中の「正義」を捨てよう(Slide6)

復讐を望む心は、
自分なりの正義を実現したいという欲望から生まれます。

怒りが込み上げるのは、
「自分の方が正しい」と思っているからです。

神の基準ではなく、
自分の基準を正義だと考える時、
僕1と同じ行動を取ることになります。

その正義を捨てない限り、
私たちはアダムとイブと同じ結末を迎えます。
そして、自分が嫌いな人が天国に行き、自分が地獄に行く
という逆転が起こります。


② 自分が赦された罪の大きさを知ろう(Slide7)

相手を批判できるのは、
自分がどれほど大きな罪を赦されたのかを理解していないからです。

私たちは、本来、相手と同じように
救われる価値のない存在でした。

僕1が赦されたのは、
100%王の憐れみによるものでした。

赦される人と赦されない人の違いは、
「願ったか、願わなかったか」だけです。

私たちにできるのは、
ただ神に願うことだけです。


③ 赦せるまで、何度もイエスに会いに行こう(Slide8)

苦難に遭うたびに、
自分の正義を打ち砕きましょう。

僕1は、獄吏によって拷問を受け続けました。
それは、自分の正義を砕くためでした。

聖書と祈りを通して、
神の憐れみの大きさを知りましょう。

イエスと本当に出会うと、
自分の罪の深さと、赦しの大きさを知り、
相手を赦すことができるようになります。

怒りが込み上げるたびに、
「かわいそうだ」と思いましょう。
自分も、かつて同じだったのです。


④ 練習問題(Slide9)

兄弟げんかをして、
父が兄を叱ろうとしています。

その時、弟として、
あなたはどんな態度を取るべきでしょうか。


4.まとめ(Slide10)

1.自分の中の正義を捨てよう
2.自分が赦された罪の大きさを知ろう
3.赦せるまで、何度もイエスに会いに行こう

限りない赦しは、
人間の努力ではなく、 

イエスとの出会いの回数によって生まれます。 

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