20240529水曜祈祷会
聖書:ネヘミヤ13:30–31
題目:終わりない霊的改革
賛美:405、436、488、430番
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書本文(ネヘミヤ記13章30–31節)
「このように、わたしは彼らを清めて、異邦のものをことごとく捨てさせ、祭司およびレビびとの務を定めて、おのおのそのわざにつかせた。
また、定められた時に、たきぎの供え物をささげさせ、また初物をささげさせた。
わが神よ、わたしを覚え、わたしをお恵みください。」
1.いつまでも必要な霊的改革
二週間前、アメリカから訪問してきた韓国人牧師と出会いました。
その牧師は、神様から「福音を述べ伝えなさい」と語られたと証ししました。
本人は「自分はもう十分に語っている」と思っていたそうです。
しかし、自分の説教を振り返った時、
「どうやって生きていくか」ばかりを教え、
福音ではなく律法を教えていたことに気づいたと言います。
イエス様の愛の大きさを、十分に伝えていなかったのです。
その牧師はとても優れた人物ですが、70歳になっても悔い改め続けていました。
その姿を見て、私は思いました。
霊的改革は、一度きりで終わるものではない。年齢に関係なく、いつまでも必要なのだと。
2.ネヘミヤの「再改革」
① 背景
ネヘミヤの時代、人々は奇跡を体験しました。
不可能と思われていた城壁が、短期間で完成したのです。
人々は御言葉を求め、悔い改め、自分たちが受けた恵みを実感しました。
エズラとネヘミヤを通して、霊的回復を体験したのです。
ネヘミヤは12年間エルサレムに滞在した後、役目を終えてスサに帰りました。
しかし、しばらくしてエルサレムに戻ると、
町と信仰の中に、さまざまな問題が起こっていました。
登場人物
・ユダヤ総督ネヘミヤ
・大祭司エルヤシブ
・サマリヤ総督サンバラテ
・アンモン人役人トビヤ
② 礼拝が壊されていた(13:4–14)
神殿からレビ人と聖歌隊がいなくなっていました。
理由は、給料が支払われていなかったためです。
彼らは生きるために、自分の農地へ帰っていました。
さらに、神殿の宝物庫が、アンモン人トビヤの部屋になっていました。
アンモン人とモアブ人は、神の集会に加わってはならないと律法に定められています。
トビヤはユダヤ人と血縁関係があり、善人として知られていました。
しかし実際には、サマリヤ総督サンバラテに情報を流し、
預言者シェマヤを買収して、ネヘミヤ暗殺を企てた人物でした。
ネヘミヤの対応
ネヘミヤは、トビヤの物をすべて放り出し、部屋を清め、
器と捧げ物を元に戻しました。
そしてレビ人を復職させ、能力ではなく忠実さを基準に宝物庫の管理者を選びました。
③ 安息日が壊されていた(13:15–22)
ユダヤ人は安息日に働いていました。
葡萄を踏み、麦束を運び、商品を売っていました。
さらに、ツロの人々が安息日に入り込み、魚を販売していましたが、
ユダの有力者たちはそれを黙認していました。
ネヘミヤの対応
安息日の前に城門を閉め、見張りを立てました。
城壁の外で待つ商人には、次に来たら処罰すると警告しました。
これは、
自分の力ではなく、神様の恵みで生きることを思い出させるためでした。
④ 結婚が壊されていた(13:23–29)
ユダヤ人は異邦人女性と結婚していました。
その子どもたちの半分はヘブル語が話せず、
神の言葉を正しく理解できない状態でした。
結婚が、神様の愛を知る場所ではなく、
欲望や生存戦略の道具になっていたのです。
さらに、大祭司エルヤシブの孫が、
サマリヤ総督サンバラテの娘と結婚していました。
ネヘミヤの対応
ネヘミヤは厳しく叱責し、ソロモンの失敗を思い起こさせ、
最終的には大祭司エルヤシブを追放しました。
平和は、快楽や政治によってではなく、
神様の愛によって実現されるからです。
⑤ エルヤシブとネヘミヤの違い
マラキ書1章2節は語ります。
「わたしはあなたがたを愛した。」
エルヤシブ
神様の愛を忘れ、不安になり、人の能力やお金、政治に頼りました。
その結果、礼拝・安息日・結婚が崩れていきました。
ネヘミヤ
「神よ、私を覚えてください」と繰り返し祈りました。
人にどう言われても、神様が知っていてくださればそれでよい、
という信仰に立っていました。
それは、自分が神様に愛されているという確信があったからです。
3.教会に必要な三つのこと
① 能力ある者ではなく、忠実な者になろう
神様が求めておられるのは、能力ではなく忠実さです
(Ⅰコリント4:1–2)。
能力に頼ると、自分を誇るようになります。
しかし、忠実な者には、神様が必ず恵みを与えてくださいます。
② 自分の力ではなく、神様の恵みで生きよう
私たちが持っているものは、すべて受けたものです
(Ⅰコリント4:7)。
安息日を守ることは、
「神様の恵みだけで生きられる」という信仰の告白です。
③ この世のものではなく、神様の愛によって平安を実現しよう
パウロがテモテを遣わしたのは、
父なる神様が御子イエスを遣わされた愛を思い出させるためでした。
争いは、神様の愛を忘れたところから始まります。
愛されている確信があれば、争う必要はなくなります。
4.まとめ
① 能力ある者ではなく、忠実な者になろう
② 自分の力ではなく、神様の恵みで生きよう
③ この世のものではなく、神様の愛によって平安を実現しよう
能力ある者になるのではなく、
神様に愛されているという確信を持つ者になりましょう。


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