20240531金曜祈祷会
聖書:創世記13:14-15
題目:愛の神様を選択しよう
讃美:이 은혜 아무 증거 아니 되어도、그 사랑
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書朗読(創世記13:14–15)
ロトがアブラムに別れた後に、主はアブラムに言われた。
「目をあげて、あなたのいる所から北、南、東、西を見わたしなさい。あなたが見わたす地をすべて、永久にあなたとあなたの子孫に与える。」
挨拶
愛します。
1.史上最悪の実験
① 神聖ローマ帝国 フリードリヒ2世(1194–1250)の実験
フリードリヒ2世は、ある実験を行ったと言われています。その目的は、「言葉を教えられなかった赤ちゃんは、どんな言葉を話すようになるのか」というものでした。彼は、赤ちゃんたちは自然とヘブル語を話すようになるのではないかと考えました。
方法として、50人の赤ちゃんに対して、生きるために最低限必要な世話だけを与えました。ミルクを与え、おむつを替え、お風呂に入れることは行いましたが、スキンシップやコミュニケーションは禁止されました。赤ちゃんの目を見てはいけない、笑いかけてはいけない、話しかけてはいけない、という厳しい条件でした。
その結果、49人の赤ちゃんは3歳までに亡くなり、1人も6歳までに亡くなったと言われています。ただし、この記録は敵対者によって書かれたものであり、どこまで事実かは分からないという注意点もあります。
② この実験から分かること
この話から、私たちは大切なことを学びます。人はパンだけでは生きられず、愛によって生きる存在であるということです。人にはコミュニケーションやスキンシップが必要です。抱きしめられることでオキシトシンが分泌され、子どもの自尊感情や安心感が育まれます。
日本も韓国も経済的には豊かになりましたが、自殺者は減っていません。これは、富ではなく、愛を選択しなければならないという現実を示しています。
2.富への誘惑
① 背景
アブラハムは一度失敗を経験しましたが、それにもかかわらず神の恵みによって富を得ました。その祝福は、妻サラだけでなく、共に来ていた甥のロトにも及びました。彼らはベテルとアイの間に住むようになります。
② 問題の発生
家畜の数が増えるにつれて、アブラハムの牧者とロトの牧者の間に争いが起こりました。その様子を、地元のカナン人やペリジ人が見ていました。
③ アブラハムの提案
アブラハムは、「神の民同士が争うのは良くない」と考え、別れることを提案します。「あなたが左に行けば私は右へ、あなたが右に行けば私は左へ行こう」と語りました。
アブラハムは甥のロトを叱り、追い出すこともできました。しかし彼はそうしませんでした。ロトの父ハランは早くに亡くなり、アブラハムは父代わりの存在だったからです。アブラハムは神の民として、愛ある行動を選びました。
④ ロトの選択
ロトは、罪に満ちていることを知りながらも、豊かなソドムの地を選びました。彼は愛の神様よりも、自分が豊かになる道を選んだのです。
その結果、ロトは財産だけでなく妻も失いました。また、娘たちから生まれたアンモンとモアブの子孫は、後に神の集会から追放されるようになります。
⑤ アブラハムの選択
一方、アブラハムはヘブロンに住むことを選びました。さらに豊かになることよりも、愛の神様を選択したのです。その結果、神様は東西南北を見渡せる土地を、アブラハムとその子孫に与えると約束されました。
アブラハムが歩いた土地の分だけ、神様はそれを与えると約束されました。ベテルとアイの間から見ると、ヘブロンとソドムの方向はおよそ60度ほど違っていたとも考えられます。
この世の富ではなく、愛の神様を選択することこそが、生き残る道なのです。
3.富への誘惑に打ち勝つために
① 富ではなく、神様に望みを置こう
パウロはテモテへの手紙で、「この世で富んでいる者たちに、高慢にならず、頼りにならない富に望みを置かず、すべてを豊かに与えてくださる神に望みを置くように」と勧めています。
イエスの時代には、富は神様に愛されている証拠だと考えられていました。現代では、信仰の強い人に富が与えられると考えられがちです。しかしどちらも、神様そのものではなく、富に望みと喜びを置いてしまう危険があります。
イエスは、「神と富とに仕えることはできない」と言われました。私たちは、自分がどこに望みを置き、何を喜びとして生きているのかを、はっきりさせる必要があります。
② 富を人を愛するために用いよう
パウロは、富んでいる者に対して、「良い行いをし、惜しみなく施し、人に分け与えることを喜ぶ者となりなさい」と語ります。富そのものが悪なのではありません。自分のためだけに富を用いることが問題なのです。
私たちが富を得たのは、自分の努力だけの結果ではありません。神様と人を愛するために与えられたものです。人から認められるために使うのも正しい姿ではありません。私たちは、お金を何のために使っているのかを問い直す必要があります。
③ 真のいのちを得る報いがある
神様のために、人のために用いた富を、神様は決して忘れません。命はお金では買えませんが、富を通して人を助け、命を救うことはできます。それは、お金が救うのではなく、神様が働かれるからです。
ですから私たちは、富を蓄えることに人生を注いではいけません。また、報いを期待して神様に投資するような姿勢も正しくありません。人の命を救うために、自分の富を喜んで用いる姿勢こそが大切です。
4.まとめ
第一に、あなたはどこに望みを置いていますか。愛のない富でしょうか。それとも愛の神様でしょうか。
アブラハムは神を選び、ヘブロンに住みました。その結果、子孫の繁栄と国土の約束を受けました。一方ロトは富を選び、ソドムに住みました。その結果、財産だけでなく家族までも失いました。
第二に、富は自分を喜ばせるためではなく、命を救うためにあります。富を得るために命を削る人生をやめ、富を用いて命を生かす者となりましょう。


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