20240707早天祈祷会
本日の御言葉
「主の使がギルガルからボキムに上って言った、『わたしはあなたがたをエジプトから上らせて、あなたがたの先祖に誓った地に連れてきて、言った、「わたしはあなたと結んだ契約を決して破ることはない。あなたがたはこの国の住民と契約を結んではならない。彼らの祭壇をこぼたなければならない」と。しかし、あなたがたはわたしの命令に従わなかった。あなたがたは、なんということをしたのか。それでわたしは言う、「わたしはあなたがたの前から彼らを追い払わないであろう。彼らはかえってあなたがたの敵となり、彼らの神々はあなたがたのわなとなるであろう」と』。主の使がこれらの言葉をイスラエルのすべての人々に告げたので、民は声をあげて泣いた。それでその所の名をボキムと呼んだ。そして彼らはその所で主に犠牲をささげた。」
1.本文解説
① 主の使いの警告
ここに「主の使(The Angel)」が現れます。
この存在は、旧約聖書においてしばしば 受肉以前のキリスト と理解されます。
ホレブ山でモーセの前に現れ、
またエリコの城壁の前でヨシュアの前に現れたお方と同じです。
その主の使いが ギルガルからボキムへ 上って来られました。
ギルガルは、イスラエルが約束の地に入った後、
新しい出発としてカナン戦争を始めた場所です。
いわば「信仰の原点」の地です。
その原点から来られた主は、こう宣言されました。
「わたしはもうカナン人を追い払わない。
彼らはあなたがたの敵となり、彼らの神々はあなたがたの罠となる。」
本来イスラエルは、
カナン人と契約を結ばず、祭壇を壊すべきでした。
しかし彼らは神の言葉に従いませんでした。
その不従順の結果として、
敵が取り除かれないという裁きが宣告されたのです。
② イスラエルの反応
この言葉を聞いた民は、声をあげて泣きました。
そしてその場所を ボキム(泣く者たち) と呼び、
生贄をささげました。
一見すると、深い悔い改めのように見えます。
しかし後の士師記を読むと、
この涙が 形だけの嘆き であったことが分かります。
涙も、謝罪のいけにえもささげました。
けれども生活は変わりませんでした。
神様が求めておられるのは、
感情的な涙ではなく、
行動に現れる悔い改め なのです。
③ 約束の地でのイスラエルの変化
なぜ彼らは妥協してしまったのでしょうか。
そこには三つの変化がありました。
まず統治形態の変化です。
モーセやヨシュアのような一人の強い指導者から、
各部族ごとの統治へと変わりました。
王は神様でしたが、その代理がいなくなったのです。
次に生活様式の変化です。
遊牧生活から農耕生活へと変わりました。
農業を学ぶために、偶像礼拝をするカナン人に頼るようになりました。
さらに文化水準の違いがありました。
体格が大きく、鉄の技術を持つカナン人を見て、
恐れと同時に羨ましさが生まれました。
だからこそ、危機意識を持って彼らを追い払う必要がありました。
しかしイスラエルは妥協してしまったのです。
2.新約聖書からの教え
① 神様は約束を守らない人を喜ばれない
神様は契約を決して破らないお方です。
だから私たちにも誠実さを求められます。
しかし同時に、
失敗を認め、へりくだって謝る人には憐れみを注がれます。
けれども自分を守るために失敗を隠す人、
自分を高めようとする人は叱られます。
サウル王がその代表例です。
② 神様は実りのない後悔を嫌われる
悔い改めとは、ただ嘆くことではありません。
人生の方向を変えること です。
イスラエルは泣きました。
しかし偶像礼拝をやめませんでした。
涙で気持ちが軽くなっても、
心が変わらなければ、それは偽りの悔い改めです。
口先だけの謝罪と同じです。
③ それでも神様は待っておられる
士師記には一つのサイクルがあります。
神様から離れる
↓
苦難に陥る
↓
助けを求める
↓
神様が士師を送る
↓
再び離れる
この繰り返しです。
神様は十二人もの士師を送り続けられました。
それは裁くためではなく、
立ち返らせるため でした。
苦しみは、神様が弱いからではありません。
神様から離れた結果です。
それでも神様は、
私たちが帰ってくるのを待っておられます。
まるで、何度も裏切る夫の帰りを待つ妻のように、
忍耐して待っておられるのです。
3.まとめ
第一に、
私たちが苦しむのは、神様との約束を守らず離れるからです。
第二に、
ただの後悔ではなく、行動に現れる真の悔い改めが必要です。
第三に、
それでも神様は私たちを見捨てず、帰ってくるのを待ち、助けてくださいます。
ボキムの嘆きのように、
その場限りの涙で終わる信仰ではなく、
神様に一歩でも近づく一週間となるよう、共に祈ってまいりましょう。
アーメン。


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