20240723早天祈祷会
聖書:士師記4:11-16
題目:主が戦われる
賛美:384
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
1.本文解説
① ケニ人の存在
まず本文の冒頭では、ケニ人ヘベルについて記されています。
ケニ人は、もともとモーセのしゅうとホバブの子孫で、イスラエルと友好的に共に住んでいた民族でした。しかしその中に、イスラエルから離れて暮らし、カナン人を支持する一団がいました。ヘベルはその一人で、ケデシの近くに天幕を張って住んでいました。
そして、バラクがタボル山に上ったことがシセラに伝えられます。
この知らせが、戦いの引き金となりました。
神の民の中にいながら、敵側に情報を流す者がいる。ここに人間の弱さと現実が表れています。
② 戦闘開始 ― 人間的に見れば不利な戦い
バラクは、神様に命じられた通り、一万人を率いてタボル山に上りました。
しかし状況を人間的に見れば、イスラエルは圧倒的に不利でした。
カナン側には鉄の戦車が九百両もあったからです。
鉄の戦車一台は二頭の馬で引かれます。
歩兵がこれに立ち向かうというのは、例えるなら徒歩の人間がバイクに乗った相手と戦うようなものです。常識的に考えれば勝ち目はありません。
さらに彼らは、山の上から下へと降りていって戦わなければなりませんでした。
しかし士師記5章を見ると、キション川が氾濫し、戦車が動けなくなったことが記されています。
神様が自然を用いて戦車を無力化されたのです。
また、下から上へ攻撃する形になると、戦車も弓も十分に力を発揮できません。
神様は地形までも用いて、カナン軍を不利な場所に配置されたのでした。
③ 戦闘の勝利 ― 主が戦われた
そして決定的なのは15節です。
「主がバラクの前でシセラとその軍勢を混乱に陥れられた」とあります。
勝利の主役はバラクではありません。
主ご自身が先立って戦われたのです。
その結果、シセラは誇っていた戦車を捨て、徒歩で逃げ出しました。
九百両の戦車は何の役にも立ちませんでした。
最終的にシセラの軍勢は全滅し、一人も残りませんでした。
人間の力ではなく、主の力による完全な勝利でした。
2.新約聖書からの適用
① 御言葉通りに従うこと
バラクは弱さを持ちながらも、最終的には神様の言葉に従いました。
一万人を率いてタボル山に上ったのです。
神様は、従う人を助け、先頭に立って戦われます。
しかし従わない人は、神様の栄光を十分に見ることができません。
目に見える状況や常識で判断して、従うことをやめてはいけません。
祝福は「理解した人」ではなく、「従った人」に与えられます。
② 神の計画には人間の常識が通用しない
常識的に考えれば、鉄の戦車を持つカナン人が圧倒的に有利でした。
しかし彼らは山の麓に布陣するという愚かな選択をします。
神様に逆らうとき、人はかえって愚かになるのです。
その結果、武器も少ないイスラエルが勝利しました。
私たちはいつも問われています。
この世の常識を信じるのか、それとも聖書の言葉を信じるのか。
たとえば、進化論か創造論か。
人々の声か、神の言葉か。
どちらに権威を置くかで、人生の結果は変わります。
③ 神様は敵をも用いられる
ケニ人の中にはカナン側に味方する者がいました。
しかし神様は、その人物、正確にはその妻ヤエルを用いて、最終的な勝利を完成させます。
つまり、敵に見える存在さえも、神様のご計画の外にはいません。
悪魔でさえ、神様の許可なしには何もできません。
ヨブ記がそれを教えています。
神様はすべてを支配し、すべてを用いて、ご自身の御心を成し遂げられるお方なのです。
3.まとめ
この箇所から、私たちは三つのことを学びます。
第一に、御言葉に従うこと。
第二に、人間の常識に縛られないこと。
第三に、敵を恐れないこと。
なぜなら、戦うのは私たちではなく、主ご自身だからです。
主が先立ち、主が戦い、主が勝利されます。
私たちに求められているのは、ただ信じて従うことです。
「主が戦われる」という真理を信頼し、今日も御言葉に従う歩みをしていきましょう。


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