20240726早天祈祷会
聖書:士師記4:23-24
題目:カナンの王ヤビンの最後
賛美:386
説教:高曜翰 副牧師
聖書朗読
「こうしてその日、神はカナンの王ヤビンをイスラエルの人々の前に撃ち敗られた。
そしてイスラエルの人々の手はますますカナンびとの王ヤビンの上に重くなって、ついにカナンの王ヤビンを滅ぼすに至った。」
― 士師記4:23-24
はじめに
本日のみことばは、
「神がカナンの王ヤビンを撃ち敗られた」
という勝利の宣言で終わっています。
ここで強調されているのは、
イスラエルが強かったから勝ったのではない、
神様が戦われたから勝利した という事実です。
今日はこの箇所から、
「勝利とは誰のものか」
「私たちはどのような姿勢で歩むべきか」
このことを共に考えていきます。
1.本文解説 ― カナンの王ヤビンとは誰か
① ヤビンという名
「ヤビン」は実際の個人名というより、
ハソルの王の象徴的な称号です。
その意味は
「神様が観察する人」 です。
ハソルはガリラヤ湖とフーレ湖の間に位置する、
イスラエル最北端の重要な軍事都市でした。
② ヤビンの歴史
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ヨシュアの時代に滅ぼされ、町は破壊された
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しかし後に再建された
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それはイスラエルを懲らしめるために、神様が許されたことだった
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再びナフタリ族を圧迫する強国となった
このヤビンに対して、
神様は 預言者デボラと士師バラク を立てられました。
戦場はタボル山とキション川。
敵は 900両の鉄の戦車 を持つ圧倒的な軍隊でした。
人間的に見れば勝ち目はありません。
しかし、
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将軍シセラは倒れ
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イスラエルが勝利し
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ついに王ヤビンは滅ぼされました
そして聖書ははっきり言います。
「神が…撃ち敗られた」
勝利を与えたのは 神様ご自身 だったのです。
2.新約聖書から見る三つの真理
この出来事は、私たちの信仰生活にも深く関係しています。
① 勝利は神様がもたらす
イエス様は言われました。
「勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている。」(ヨハネ16:33)
神様は「これから勝つ方」ではなく、
すでに勝利しておられる方 です。
私たちが勝つのも、
自分が強いからではありません。
神様の側にいるからです。
ヤビンが敗北したのは、
神様に敵対していたからです。
聖書は、悪魔でさえ神様の許可なしには何もできないと教えます。
神様なしに勝利は決してあり得ません。
② 勝利の栄光は神様へ
イエス様は言われました。
「私たちはふつつかな僕です。すべき事をしたに過ぎません。」(ルカ17:10)
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バラクも
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デボラも
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シセラを倒した者も
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イスラエルの民も
すべて 僕(しもべ) にすぎません。
栄光は神様のものです。
新約聖書では「誇る(カオハロマイ)」という言葉が38回出てきます。
これは「自分を輝かせる」という意味です。
神様でもないのに栄光を受けようとすること、
それが傲慢です。
士師記5章では、イスラエルは勝利の歌を歌いましたが、
自分たちを誇らず、ただ神様を賛美しました。
私たちも同じです。
栄光を盗むのではなく、主にお返しする者でありたいのです。
③ この世を羨ましがらない
イエス様は言われました。
「富んでいる者が天国にはいるのはむずかしい」(マタイ19:23)
ヤビンは強く、豊かで、軍事力もありました。
しかしそれはヤビンの祝福のためではありません。
イスラエルを訓練するために、神様が一時的に許された力でした。
富や力は誘惑を増やします。
そして神様から心を遠ざけます。
本当の祝福とは、
神様の近くにいること です。
父のそばにいる子どもは安心しています。
同じように、私たちは神様のそばにいることを喜ぶ者でありたいのです。
3.まとめ
① 勝利は神様がもたらす
イスラエルの側に立つか、ヤビンの側に立つか。
私たちはいつも神様の側を選ばなければなりません。
② 勝利の栄光は神様へ
私たちは僕にすぎません。
主人が栄光を受けることを喜びましょう。
③ この世を羨ましがらない
この世の富や力は消えていきます。
神様がそばにいてくださることこそ、最大の喜びです。
神様が戦われ、
神様が勝利され、
神様が栄光を受けられる。
私たちはその僕として、
ただ主に従い、主の側に立ち続けて歩んでいきましょう。


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