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動くと主を見ることができる(士師記5:1-5)
고요한 2026-02-09 추천 0 댓글 0 조회 28

 

20240728早天祈祷会

聖書:士師記5:1-5

題目:動くと主を見ることができる

賛美:386

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회

はじめに

私たちはよく「神様が働いてくださるなら動こう」と考えます。
しかし聖書は、反対のことを教えています。

私たちが信仰をもって一歩踏み出す時、そこで神様の働きを見ることができる。

今日の本文は、デボラとバラクの勝利の歌です。
彼らは戦いに勝った後、ただ喜んだのではなく、歌をもって神様をほめたたえました。

この御言葉から、
「礼拝とは何か」「指導者とは何か」「神様はいつ働かれるのか」
この三つについて共に学びたいと思います。


1.本文解説

① デボラとバラクの歌 ― 勝利を神に帰す礼拝

デボラとバラクは、勝利の後に歌いました。

それは単なる喜びの歌ではありません。
神様の御業を記憶し、後の世代に伝えるための信仰の歌 でした。

彼らは、この勝利が自分たちの力ではなく、主によるものであることを人々に知らせようとしました。

1〜5節では、繰り返しイスラエルの神、主が賛美されています。
彼らは自分たちを誇らず、ただ神様だけを高く上げました。

ここに、真の礼拝の姿があります。


② イスラエルの指導者たちが動いた

聖書はこう語ります。

「イスラエルの指導者たちは先に立ち、民は喜び勇んで進み出た。」

まず動いたのは指導者たちでした。
その姿を見て、民も喜んで自分をささげました。

嫌々ではありません。強制でもありません。
喜んで献身したのです。

ここから分かることは、
リーダーの役割とは偉そうに命令することではなく、人々の前に立つこと だということです。

歴史を見ても、戦争や危機の時、真の指導者は必ず先頭に立ちました。
背後から命令する人ではなく、前に立って道を示す人です。


③ 主がエドムの地から出てこられた

4節と5節では、壮大な神様の現れが描かれています。

主が進まれると、

  • 地は震え

  • 天は雨を降らせ

  • 山々も揺れ動きました

自然界すべてが神様の力に応答しています。

イスラエルは、かつてエジプトからカナンに向かう時、エドムを通りました。
その時も神様が先頭に立って導かれました。

そして今回も同じです。

人々が進んだ時、神様が先立って働かれたのです。

ここに重要な原則があります。

私たちが神様を信じて動く時、神様の働きを見ることができるのです。


2.新約聖書からの適用

① 礼拝とは何か

イエス様はこう言われました。

「まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。」(ヨハネ4:23-24)

礼拝とは、日曜日に教会に来て、

  • 座って

  • 賛美して

  • 説教を聞くだけ

それだけではありません。

主がしてくださったことを人々に伝えることも礼拝の一部です。

デボラとバラクは、自分たちの勝利を通して神様を賛美しました。

同じように、私たちも人生を通して神様を証しする時、礼拝しているのです。

それは、ちょうどテスト勉強とテスト本番の関係のようです。
教会での礼拝が準備なら、日常生活こそ本番です。

日々の生活の中で神様をほめたたえる時、
人々は私たちを通して神様を知るようになります。


② 指導者の役割とは何か

指導者の役割は、人々の先頭に立つことです。

しかし本当の先頭は神様です。

  • 神様が先頭に立ち

  • 指導者がその神様についていき

  • 人々がその指導者についていく

この順番です。

指導者が喜んで神様に従う時、後ろの人々も安心してついてきます。

デボラとバラクが出ていった時、他の指導者たちも続き、民も続きました。

一人の信仰が、多くの人を動かすのです。


③ 神様はいつ動くのか

神様はいつ働かれるのでしょうか。

実は、神様は絶えず働いておられます。
ただ、私たちの目に見えないだけです。

私自身の人生を振り返っても、後になって初めて「神様が共にいてくださった」と気づくことが多くあります。

しかし聖書はさらに教えます。

私たちが前に出る時、神様の働きをはっきり見ることができる。

祈るだけで動かなければ、見ることができないかもしれません。

私たちは、祈った分だけ行動すべきです。

イスラエルの民が動いた時、神様の力強い御業を見ることができました。


3.まとめ

今日の御言葉から、三つのことを覚えましょう。

① 神様を賛美し、伝えることも礼拝である
② 指導者が先に進む時、人々も喜んでついていく
③ 私たちが動く時、神様が働いておられるのを見ることができる

神様の働きを「見てから動く」のではありません。
信仰をもって動く時、神様を見ることができるのです。

今日も小さな一歩でかまいません。
祈り、そして踏み出しましょう。

その時、私たちは生きて働かれる主を見ることができます。​ 

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