20241126早天祈祷会
聖書:使徒行伝2:5-13
題目:意味を考える
賛美:526、542
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① 天下のあらゆる国々から来ていた信仰深いユダヤ人たち
その時、エルサレムには、天下のあらゆる国々から来た信仰深いユダヤ人たちが住んでいました。
❶ あらゆる国のユダヤ人
彼らは、アッシリア捕囚によって散らされた北イスラエル十部族、またバビロン捕囚によって散らされた南ユダ二部族の子孫たちでした。長い離散(ディアスポラ)の歴史の中で、世界各地に広がっていたのです。
❷ 信仰深いユダヤ人
彼らは、イスラエルが慰められることを願い、できるなら死んだ後はエルサレムに葬られたいと願うほど、信仰に熱心な人々でした。
五旬節を守るために、時間とお金をかけて遠方から旅をし、過越の祭りから五十日間も滞在していたのです。
② それぞれの国の言葉で聞いた驚き
彼らは、自分たちの生まれ故郷の言葉で、弟子たちが語るのを聞き、驚きました。
❶ 風と炎のような舌の出来事
激しい風の音と炎のような舌が現れる出来事は、瞬時に終わったようです。その場にいた百二十人ほどの信者たちが目撃者でした。しかし、外国から来たユダヤ人たちは、自分たちの故郷の言葉で語られるのを聞いて驚いたのです。
❷ 「この人たちは皆ガリラヤ人ではないか?」
弟子たちはガリラヤ出身で、ガリラヤなまりがありました。ガリラヤ人は田舎者として見下される存在でした。それなのに、どうして多くの外国語を語れるのでしょうか。
❸ さまざまな地域と言語
本文には、多くの地域名が挙げられています。
⑴ パルテヤ、メジヤ、エラム、メソポタミヤ ― 東方の人々(アラム語)
⑵ ユダヤ ― ローマの行政区(アラム語)
⑶ カパドキヤ、ポント、アジヤ、フルギヤ、パンフリヤ ― ギリシャ語圏
⑷ エジプト、クレネ、リビヤ地方 ― ギリシャ語
⑸ 滞在中のローマ人 ― ラテン語
⑹ クレテ ― ギリシャ語
⑺ アラビヤ人 ― アラビヤ語
世界中の言語がエルサレムに集まっていたのです。
③ 人々の反応
❶ 「一体これはどうしたことか」
多くの人々は、奇跡が起きていることを認め、その意味を求めました。驚き戸惑いながらも、真剣に考えようとしたのです。
❷ 「新しい酒に酔っている」
一方で、あざ笑い、非難する人々もいました。
午前九時に神殿で酒に酔っているなど、本来なら大きな問題です。律法的に見れば非難はもっともらしく聞こえます。しかし彼らは、神の意図を知ろうとはしませんでした。
2.適用
① すべての人が霊的に目覚めているわけではない
❶ 外国から来たユダヤ人たちは、時間とお金をかけて巡礼してきた敬虔な人々でした。
❷ ある人は奇跡を認め、「一体これはどうしたことか」と意味を求めました。
❸ しかし別の人は、「葡萄酒に酔っている」と一方的に決めつけました。律法に照らせば正しいように見えても、神のご計画を知ろうとはしませんでした。
同じ出来事を見ても、受け取り方は違います。
② 神様の働きには意味がある
❶ 異言は、弟子たちが自分たちを誇るためではありません。
❷ 外国から来たユダヤ人たちの注意を引きつけるためでした。
❸ そして、神の預言が続いていること、そしてイエス・キリストが救い主であることを伝えるためでした。
神の働きは偶然ではありません。必ず意味があります。
③ 弱い私たちに力を与える神の心
❶ 神様は、田舎者と見られていたガリラヤ人に外国語を語らせました。優れた学者を選んだのではありません。また、炎のような舌をすべての人に見せたのでもありません。
❷ 弱い者を通して奇跡を示されたのです。
❸ 私たちは「自分はよくやっている」と思うのではなく、「神様は何をなさろうとしているのか」「神様の意図はどこにあるのか」を求める者になりましょう。
3.まとめ
① すべての人が霊的に目覚めているわけではない。
② 神様の働きには必ず意味がある。
③ 私たちは神を知るために求め続け、霊的に目覚めていよう。
驚きで終わるのではなく、あざ笑うのでもなく、「これはどういう意味なのか」と神に問い求める者となりましょう。
神の御業の背後にあるご計画を求める歩みこそ、霊的に目覚めた者の姿です。
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