20250304早天祈祷会
聖書:使徒7:39-43
題目:少しでも早く主に戻ろう
賛美:151番、252番
説教:高曜翰 副牧師
場所:大阪中央教会
1.本文解説
① モーセの拒絶 ― 神が立てた指導者を退けた民
ステパノは、イスラエルの歴史を振り返りながら語ります。
イスラエルの先祖たちは、神様が立てたモーセに従おうとせず、かえって彼を退けました。そして心の中ではエジプトを懐かしみ、アロンにこう言いました。
「私たちを導く神々を作ってください。エジプトから導いてきたあのモーセがどうなったのか分からないから。」
モーセがシナイ山にいる間、民は偶像を作り、礼拝しました。
これは単なる不満ではありません。出エジプトという大きな奇跡を体験したにもかかわらず、神と神が立てた指導者を拒絶したのです。
② 金の子牛 ― 自分の都合の良い神を造る
彼らは子牛の像を造り、その偶像に供え物をささげ、自分たちの手で造ったものを楽しみました。
アロンは金の子牛をデザインし、結果としてモーセを裏切ることになりました。
イスラエルは約束の地に入った後も偶像崇拝を続けました。
少しでも自分の思い通りにいかなくなると、自分に都合の良い神を作り出したのです。
③ 神様の「放置」とバビロンへの移住
神様はついに、彼らをそのままに任せられました。
荒野の40年間、彼らは神様には真実にささげず、偶像にはささげていました。その結果、預言者アモスの言葉(アモス5:25−27)のとおり、バビロンへ移されることになります。
やめるように言っても聞かないとき、神様はあえて放置されることがあります。
それは無関心だからではなく、その方法では効果がないからです。
そして最終的に、バビロン捕囚という大きな出来事を通して、彼らに深い悔い改めをもたらされました。
2.適用
① イエスを拒絶したユダヤ人
ステパノは、当時のユダヤ人の罪を指摘しています。
イスラエルは出エジプトの奇跡を見ながらモーセと神を拒絶しました。同じように、ユダヤ人たちは多くの奇跡を見ながらイエスを拒絶しました。
これは単に一人の教師を拒んだのではなく、神を拒絶したことと同じです。
② 神殿という偶像
イスラエルは神ではなく、人の手で作った偶像を拝みました。
同じように当時のユダヤ人は、神そのものではなく、人が建てた神殿を信仰の中心にしていました。神殿に信頼を置くことは、偶像崇拝と変わりません。
形や制度に信仰を置くことは、神を置き換えることになるのです。
③ 私たちは主に立ち返ろう
私たちの人生を振り返ってみましょう。
本来死んでいたはずの人生が、主によって生かされています。今生きていること自体が主の奇跡です。だからこそ、自分の人生ではなく、主の人生を生きるべきです。
また、自分の思い通りの偶像を作るよりも、神様に従ったほうが良かった経験が多いのではないでしょうか。
自分の満足ではなく、主の満足を求めましょう。
主の満足こそが、私たちの本当の満足になります。
もし立ち返らなければ、イスラエルの民のようにバビロンへ移されるような苦しみが訪れるかもしれません。
大きな苦しみが来る前に、少しでも早く主に立ち返りましょう。
3.まとめ
① つらい時こそ、これまで私たちの人生で働かれた主を思い出しましょう。
② 自分が正しいと思い続けるなら、それはユダヤ人と同じ偶像崇拝に陥っている可能性があります。
③ 自分の思い通りではなく、神様の思い通りになることを求めましょう。
少しでも早く、主に戻りましょう。


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