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エゼキエルの召命(エゼキエル2:7)
고요한 2026-01-17 추천 0 댓글 0 조회 11

20260118日曜韓国語礼拝


聖書:エゼキエル2:7

題目:エゼキエルの召命

賛美:320、323

説教:高曜翰 牧師

場所:大阪中央教会

“彼らが聞いても、拒んでも、あなたはただわたしの言葉を彼らに語らなければならない。彼らは反逆の家だから。”

‭‭エゼキエル書‬ ‭2‬:‭7‬‬ 口語訳‬

1。エゼキエル

① 生まれ

 ❶祭司ブジの子(エゼキエル1:3)

 ❷祭司家系に生まれた正統な宗教エリート。

 ❸本来なら30歳で祭司として神殿奉仕を始めるはずだった。

②しかしその30歳の年、彼は エルサレムではなく、バビロン捕囚の地 にいた(1:1)。

 ❶エゼキエルの人生計画は、神殿崩壊とともに断ち切られた

 ❷王でもなく、指導者でもなく、捕囚民の一人として。

 ❸ 神殿も、祭司職も、祖国も失った場所で召命を受ける。

③30歳で預言者として神の召命を受けた。

 ❶「神殿で仕える祭司」になるはずだった年に、「捕囚の地で語る預言者」にされた。

 ❷祭司になれなかった祭司。

 ❸神は栄光を見せて、神の臨在を言葉で表す預言者にした。

2。本文解説(2:1−7)

①「人の子よ」と繰り返す神様(2:3,6,8)

 ❶ 圧倒的な神の栄光との対比のため

  ⑴ あなたは神でも、救い主でも、結果を支配するものでもない。

  ⑵ あなたは、ただの人間だ。

  ⑶旧約聖書において「人の子」は、神に比べて弱く有限な存在としての人間を指す表現

 ❷ 反論を許さない呼びかけ

  ⑴ モーセは何度も抵抗し、イザヤは恐れと汚れを告白し、エレミヤは若さを訴えた。

  ⑵ しかし、エゼキエルは一切反論できなかった。許される状況ではなかった。

  ⑶ すでに裁きが始まっており、躊躇や対話の余地がない

 ❸ 同時に、これは神の深い配慮でもある

  ⑴ 弱い「人の子」を通して語られることを強調

  ⑵ 使命の重さを、人の能力や成功で背負わせないため

  ⑶ 神は、人の限界と恐れをよく知っておられる方

② イスラエルの民を「反逆の民」と呼ぶ神様(2:3–5)

 ❶ イスラエルは「バビロンより重い責任」を負った民

  ⑴ イスラエルは契約を結んでいながら従わなかった

  ⑵ 神を知らなかったのではない。律法を持ち、救済史を知っていた。

  ⑶ それでも神の言葉より自分の判断を優先した。反逆=知っていながら従わないこと

 ❷ すでに「裁きの段階」に入っている

  ⑴ イザヤの時代は警告による方向転換が可能。国家も神殿も健在。

  ⑵ エレミヤの時代は最後通告に近いが、まだ悔い改めの猶予がある。バビロン台頭。

  ⑶ エゼキエルの時代はすでに裁きの只中。国家も神殿も失われ、捕囚の地にいる。

 ❸ 罪の蓄積が臨界点に達している

  ⑴ 長年の偶像礼拝、預言者殺害、偽りの平安宣言

  ⑵ 「裁きを回避するための預言」は、もはや時期遅れ

  ⑶ 起こってしまった裁きを、神の言葉として理解させる預言が必要

③「彼らの中に預言者がいたことを知れ」と言う神様(2:5)

 ❶ なぜ「神を知れ」ではないのか

  ⑴ すでに神を知っていながら従わなかったため。「神を知れ」が、現実に合わない。

  ⑵ モーセ時代の荒野の民は神を十分に知らない反逆の民。神を知る訓練の期間。

  ⑶ エゼキエル時代の捕囚民は神を知っている反逆の民。問題は無知ではなく、拒否。

 ❷ 神が「言った・言わなかった」にならないため

  ⑴ 「神は語らなかった」「知らなかった」と言わせない→ 裁きの基準を明確にするため

  ⑵ 結果が見込めなくても、神は語る預言者を立てた

  ⑶ 預言者の存在そのものが、神の言葉が確かに与えられた証拠

 ❸ それでも、なお神の憐れみがある

  ⑴ カナンの民のように即座に滅ぼすこともできた

  ⑵ それでも神は、人を遣わし、声をかけ続けた

  ⑶ 完全な断絶の直前で、なお関係を断ち切らない神

④「聞いても、聞かなくても、語れ」(2:7)

 ❶ 語る使命は、相手の反応に左右されない

  ⑴ 聞くかどうかは、民の責任

  ⑵ 語るかどうかは、預言者の責任

  ⑶ 結果や成功は、使命の条件ではない

 ❷ 無責任に突き放しているのではなく、それほど切羽詰まっている

  ⑴ すでに裁きが始まっており、時間が残されていない

  ⑵ 沈黙すれば、「神が語られなかった」ことになってしまう

  ⑶ 語ること自体が、最後の憐れみとなる

 ❸ 神の性質がここに現れている

  ⑴ 神は、結果が見えなくても語る方

  ⑵ 神は、人が拒んでも沈黙しない方

  ⑶ 語り尽くした後にのみ、裁きが完成する

3.適用

① 結果に関係なく語り続けることは、私たちの使命でもある。

 ❶ 私たちは「結果を出す者」ではなく、「証言する者」である

  ⑴ 神は私たちに、人の心を変える力を委ねてはいない

  ⑵ 委ねられているのは、「神が語られた」という事実を残すこと

  ⑶ 結果を背負うとき、使命は重荷になるが、証言に立つとき、使命は解放となる

 ❷ イエスもまた、「語った事実」を残す使命を与えられた

  ⑴ イエスは弟子たちに、「必ず受け入れられる」とは約束されなかった

  ⑵ 「聞いてくれない町があれば、足のちりを払い落としなさい」と言われた

   (ルカ10:10–11)

  ⑶ それは失敗の宣告ではなく、神の前に語ったという証言を残す行為であった

 ❸ 語られた場所には、「預言者がいた」ことが確定する

  ⑴ 伝えても変わらない、語っても反応がないと感じるときがある

  ⑵ しかし、神の言葉が語られたなら、その場に「預言者がいた」のである

  ⑶ 神は結果ではなく、忠実に立ち続けたかどうかを見ておられる

4.まとめ

①神は、弱い「人の子」を用いて語られる

 ❶叛逆とは、知らなかったことではなく、知っていながら従わなかったことである

 ❷エゼキエル2:5は「証言の確立」、2:7は「使命の確定」である 

 ❸問われているのは成果ではなく、忠実さである 

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