20260201日曜韓国語礼拝
聖書:エゼキエル4:13
題目:生き方で示す神の言葉
賛美:342、428
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
“そして主は言われた、「このようにイスラエルの民はわたしが追いやろうとする国々の中で汚れたパンを食べなければならない」。”
エゼキエル書 4:13 口語訳
1。ヨハネス=ケプラー(1571-1630)
①ドイツの天文学者
❶1609年「新天文学」を発表
⑴内容:惑星は楕円軌道、太陽中心、太陽に近づくと速くなる
⑵計算によって地動説の合理性を示した最初の人物。
⑶1400年以上続いたアリストテレスとプトレマイオスの天動説の優位が崩壊した。
❷人々の反応
⑴1610年、ガリレオ=ガリレイは望遠鏡の観測で天動説を否定し、宗教裁判に。
※木星の衛星、月の凹凸、天の川の無数の星を見せる。
⑵一方、ケプラーは1619年「世界調和」も発表。だが難しすぎて理解されなかった。
⑶58年後、アイザック=ニュートンの理論によって証明される。
❸その後、天文学が盛んになる。
⑴「地は動いているかもしれない」と考え始めるようになった。
⑵1838年、フリードリヒ=ベッセルが地動説の正しさを観測で証明した。
⑶天動説で思考停止している人々が、地動説を見せられることで考え始めた結果。
2。エゼキエルの預言活動
① 横たわって動けない生活
❶イスラエルのために左側に390日、ユダのために右側に40日横になる。
⑴390は長年積み重なった北の罪、40は猶予があったのに悔い改めなかった南の罪。
⑵預言者として召命されたのに、語る事を許されなかった。パフォーマンスだけ。
⑶自分の家の前で行う。人々から見たら奇妙な光景で意味不明。
⑷エジプトでの430年の奴隷生活を再現(出エジ12:40)。
❷罪の結果で動けなくなった、というメッセージ
⑴バビロン捕囚が一時的な不運ではなく、長年積み重ねた結果であること。
⑵自分の力では、捕囚という罪の結果から抜け出せないこと。
②最低限の食事での生活
❶ パン1日20シェケル(220g)、水1日6分の1ヒン(600ml)で過ごす。
⑴食パンなら4−5枚程度で、肉なし、油ほぼなし、しかも非常用の穀物ミックス。
⑵水もペットボトル1本程度で、満たされず、常に渇きが伴う生活。
⑶成人男性の必要量2000kcalの4分の1以下。非常食・包囲戦用の食事量。
⑷バビロンに包囲され、補給が断たれたエルサレムの再現。
❷罪の結果で豊かさの源を失った、というメッセージ。
⑴贅沢どころか日々の命が心配。祝福は削られ、余裕と喜びが消えている。
⑵神を失う人生が、豊かさの源を失った人生であるということ。
③汚れたパンで生きる
❶パンは人の糞で焼かなければならない(4:12)
⑴人の糞は汚れであり、人を神から遠ざけるものとして規定(レビ15章)。
⑵調理に使用すると「汚れた食事」となり、祭司には耐えがたい律法違反。
⑶人の糞は衛生面でもとても危険。
⑷神の民でありながら、異邦人のように生きるしかない=アイデンティティの崩壊。
❷罪の結果で汚れた存在になった、というメッセージ
⑴罪は、一部分だけではなく、生活そのもの、神聖な部分までも汚していく。
⑵神なしには、自分を清く保つことすらできないということ。
④変更を認められた神様
❶エゼキエルの訴え「私は決して自分を汚したことがありません」(4:14)
⑴人の糞ではなく牛の糞に変えることを許可した(4:15)
⑵現代でも牛・羊・ラクダの糞は乾燥させて燃料として普通に使用されている。
⑶イスラエル人にとって、不快であっても清さを壊すものではない。
⑷神は命令されたが、預言者の信仰と良心を尊重された。
❷裁きの預言の中に憐れみの余地を残している、というメッセージ。
⑴牛糞は腸内細菌が人と大きく異なり、人に感染する病原体が比較的少なく安全。
⑵しかし衛生問題以上に、見捨てない神の憐れみがある。
3。適用
① 言葉が通じない人には態度で示すことが大切
“もしあなたがたがわたしを愛するならば、わたしのいましめを守るべきである。”
ヨハネによる福音書 14:15 口語訳
❶ イエスはこうした
⑴目に見える奇跡や癒しで、話の通じない人々にも神の力を示した。
⑵話の通じない人々のためにも、十字架の道への態度で人々に示した。
❷ ケプラーはこうした
⑴天体の計算を通して、人々に「地動説の合理性」のデータを示した。
⑵数字と観測データという態度で真理を示し続けた。
❸ エゼキエルはこうした
⑴誰も理解してくれなかったが、最後まで続けた。
⑵言葉だけでは耳を傾けない人々に、態度で示し続けた。
❹ 私たちはどうする?
⑴神様は諦めていないのに、言葉が届かない人を諦めていないか?
⑵助ける、寄り添う、忠実な生活を見せるなど態度で神の愛や真理を示すべきでは?
② 強制せず、見せて考えさせよう
“また真理を知るであろう。そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう」。”
ヨハネによる福音書 8:32 口語訳
❶ イエスはこうした
⑴弱い弟子たちに急かさず、問いや比喩を通して理解を促した。
⑵奇跡で盲目に従う人々を退け、弟子たちには「自分で考える余地」を残した。
❷ ケプラーはこうした
⑴すぐには理解されなくても「考える材料」としてデータを提供し続けた。
⑵理解できない人々や間違った考えの人々を馬鹿にしなかった。
❸エゼキエルはこうした
⑴エゼキエルの生き方で改心した人々がいたかは不明である。
⑵しかし無視されても、象徴的行動をやめず、民が自分で気付くのを待った。
❹ 私たちはどうする?
⑴強制させたり、言葉巧みに信じさせようとしていないか?
⑵言葉や説得だけでなく、時間をかけて生き方で真理を示すべきでは?
③ 神の憐れみが残されているので、希望を持ち続けよう。
“主はあわれみに富み、めぐみふかく、怒ること遅く、いつくしみ豊かでいらせられる。”
詩篇 103:8 口語訳
❶ イエスはこうした
⑴罪人に手を差し伸べ、十字架の上でも群衆の前でも愛を示した。
⑵ローマの百卒長、サンヘドリンのヨセフやニコデモ、弟子たちの目に止まった。
❷ ケプラーはこうした
⑴人々が理解できなくても、真理としてデータを示し続けた
⑵ニュートンはケプラーの法則から万有引力の法則を発見した。
❸ エゼキエルはこうした
⑴無視されても、神様の思いを伝える人生を続けた。
⑵特に後世の人々が、エゼキエルの行動を考えるようになった。
❹ 私たちはどうする?
⑴希望を捨てず、態度と行動で見せ続けては?
⑵神様の憐れみが残っているので、必ず変化が現れる。
4。まとめ
①神は時に言葉ではなく、態度で人々に真理を示される。
②私たちも急がず強制せず、見せることで考えさせることが大切。
③裁きの中でも神の憐れみと希望が残されていることを忘れないで。
→私たちの態度を見ている人々が戻ってくることを信じましょう。


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