20200904早天祈祷会 in Jesus Love Church
聖書:創世記39:1-23
題目:神と共に歩む人生
賛美:301番
説教:高曜翰 伝道師
はじめに
私たちは、いつも神様と共に歩む人生を送っています。
しかし、人生の中には神様を誤解してしまう瞬間があります。
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神様がいないように感じる時
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守ってくれないように思える時
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なぜか悪いことばかり続く時
裏切られ、大切なものを失い、孤独を感じる時、
私たちはどのように歩むべきでしょうか。
今日の箇所から、ヨセフの人生を通して学んでいきます。
1.苦しい時、神様は共にいないのか?
ヨセフは兄たちに売られ、エジプトに連れてこられました。
しかし聖書はこう語ります。
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エジプトに売られた時:「主がヨセフと共におられた」
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主人の家で祝福され、恵みを受けた
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さらに冤罪で牢に入れられた時も、「主が彼と共におられた」
私たちは時に「神様がいない」と感じますが、
感じないだけで、神様はいつも共におられます。
その証拠に、誘惑された時もヨセフは言いました。
「どうして私は神に対して罪を犯せるだろうか」
神様が共にいると信じていたからです。
私たちも、苦しい時こそ
「神様は私と共におられる」
と告白する者になりましょう。
2.誘惑に会う時、神様は助けてくれないのか?
罪を犯してしまう理由は、神様が守ってくれないからでしょうか。
イエス様は言われました。
誘惑は必ず来る(マタイ18:7)
悪魔の誘惑には2種類あります。
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私たちの欲が悪魔を引き寄せる誘惑
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「誘惑に陥るのは、欲に引かれるから」(ヤコブ1:13–14)
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神と共に歩んでいる時でも、躓かせるために来る誘惑
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ヨセフの場合はこちら
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なぜ神様は誘惑を防がれなかったのでしょうか?
それは、
誘惑を用いて成長させるためです。
だから私たちは見分けなければなりません。
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「これは欲から来る誘惑なのか?」
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「それとも、神様の計画の中で許されている誘惑なのか?」
3.思い通りにいかない時、神様に失望しない
ヨセフは誘惑に勝利しました。
しかし、結果は牢屋行きでした。
「正しく生きたのに、なぜこんな仕打ちを受けるのか」
そう思っても不思議ではありません。
けれど、神様には人間とは違う計画があります。
無実の罪で牢に入れられたヨセフだからこそ――
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侍衛長は、給仕長と料理長の管理を任せた
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その出会いが、総理大臣への道を開いた
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そして後に家族の命を救うことになった
悲惨に見える状況も、
神の計画の中では必要な一歩でした。
私たちも、思い通りにならない環境の中で、
神様の計画を信じ、今を受け入れる必要があります。
イエス様もまた、自分の計画ではなく
最初から最後まで父の計画に従われた方です。
弟子たちも、自分の計画が打ち砕かれたところに、
神の計画が建てられ、それぞれの使命を全うしました。
結論
では、神様はどんなお方でしょうか?
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神様は、御計画のゆえにいつも私たちと共におられる
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神様は悪魔の誘惑すら善のために用いられる
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神様は人間を超えた完璧な計画を持っておられる
だから私たちはどうすべきでしょうか。
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思い通りにならなくても、
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神様が遠く感じても、
神様の計画は必ず良い計画であることを信じる。
ヨセフのように、誘惑に打ち勝ち続けましょう。
そしてこう覚えましょう。
壊されなければ、建てられない。
「私がまだ結婚できないのは、
神様の計画のレベルに達していないからだ。」
だから今の困難を喜んで受け入れ、成長していく者になりましょう。


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