20211022早天祈祷会
聖書:士師2:1-23
題目:なぜ神が追い出さないのか?
賛美:390番
説教:高曜翰 伝道師
場所:Jesus Love Church
1.主の使いがギルガルからボキムに来て語った内容と、イスラエルの反応(1〜5節)
主の使いはこう語った。
「私はあなたがたの先祖と結んだ契約を破らない。しかし、あなたがたはその契約を破った。ゆえに、私は異邦の民を追い払わない。彼らはあなたがたの『罠』となる。」
これを聞いたイスラエルは悲しみ、生け贄を献げた。
しかしその反応は、真実の悔い改めではなく、「ただの感情」に過ぎなかった。
2.ヨシュアが生きていた時代と、その後の世代の違い(6〜10節)
ヨシュアの時代の人々は、主を知り、主が行われたことをよく知っていた。
しかし、ヨシュアの死後に生まれた世代は、主を知らず、主の行われたことも知らなかった。
これは「ヨセフを知らないエジプト人」とは本質的に違う。
原因は、親たちが心から主に従わなかったことであり、
それを見た子どもたちは信じることができなくなったのである。
3.ヨシュアの死後、イスラエルが罪を犯したときの神の審判(11〜15節)
イスラエルが主を離れたとき、神は
敵がイスラエルを苦しめるのを止めなかった。
これが神の審判であった。
4.そのようなイスラエルのために神が立てたもの(16節)
神はイスラエルのために**裁き司(士師)**を立てた。
これは、憐れみ深い主がイスラエルに与えた「解決策」であった。
5.しかしイスラエルは士師にどう反応したか(17節)
イスラエルは士師に従わなかった。
リーダーに対して権威を置かないという重大な問題がここにある。
6.神が異邦人を追い出さなかった理由(19〜23節)
神が異邦の民を完全には追い出さなかったのは、
イスラエルが主の道を守るかどうかを試すためである。
私たちにも「いばら」が与えられることがある。
それは、私たちがまだ本当の意味で主に立ち返っていないからである。
(例:親戚のおばちゃんたちのように、身近なところで試される場面。)
結論
親は、子どもたちから尊敬されるような姿勢を持つことが必要。
子どもたちは、好き嫌いに関わらず、リーダーに権威を置くことが必要。


댓글0개