20221008土曜祈祷会
聖書:ガラテヤ2:20
題目:誰の人生か
賛美歌:288、407
説教:高曜翰 講道師
場所:大阪中央教会
1.生きている間にすること
人は誰でも、いつか必ず死を迎えます。
だからこそ、生きている間にしなければならないことがあります。それは、自分の人生を神様にお返しすることです。人生は偶然に与えられたものではなく、神様から預かったものだからです。
2.この世の法則と神の法則
この世には、「自分の人生は自分のものだ」という考え方が広く存在しています。
北朝鮮では、「自分の人生は自分のもの」と教えられます。しかし実際には、自分には力がないからこそ、金正日や金正恩といった指導者の力に従うように求められています。
仏教やイスラム教など、他の宗教においても、最終的には「自分の人生をどう生きるかは自分次第」という思想が中心にあります。
この考え方は、日本では戦後に特に広まりました。しかしそれ以前の日本社会には、「自分の人生は自分だけのものではない」という価値観がありました。
一方、聖書はまったく異なる視点を示します。
聖書は、「自分の人生はキリストのものだ」と語ります。私たちは、自分の人生の主権を神様に捧げるように招かれています。人間はもともと、神様の愛を受け、神様を賛美するために造られました。そして今は、神様との本来の関係を回復するために生かされています。これこそが、私たちが生きている間に果たすべき使命なのです。
3.一番大きな罪とは何か
聖書が語る「罪」とは、タバコやお酒、刺青、麻薬といった行為そのものではありません。
最も大きな罪とは、「自分の人生を自分のものとして生きること」です。
極端な個人主義は、自分の命を軽く扱うようになり、やがて社会全体を崩壊させていきます。本来、人間は一人では生きていけない存在であるにもかかわらず、その事実を忘れてしまうのです。
しかし、自分の人生をキリストに捧げるとき、私たちは重圧や不安から解放されます。すべてを自分で背負わなくてよくなるからです。
4.ガラテヤ2章20節の告白
使徒パウロは、次のように告白しています。
「わたしはキリストと共に十字架につけられました。もはや生きているのは、わたしではありません。キリストがわたしのうちに生きておられるのです。」
この御言葉は、「この人生は、もはや私のものではない」という信仰告白です。
誰の人生を生きているのか――その問いに対する答えが、ここにあります。
5.まとめ
私たちはいつか死を迎えます。
だからこそ、生きている間に、自分の人生を神様にお返ししましょう。
自分の人生を自分のものとして握りしめるのではなく、キリストに委ねて生きるとき、真の自由と平安が与えられます。


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