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ベテルに行くヤコブ(創世記35:1–12)
고요한 2025-12-15 추천 0 댓글 0 조회 77

 

20221029土曜祈祷会

聖書:創世記35:1–12
題目:ベテルに行くヤコブ
賛美:446、460

説教:高曜翰 講道師

場所:大阪中央教会

主題:祝福は主の望まれる場所にある



1.ヤコブの堕落

ヤコブは長い間、シケムの地にとどまって生活していました。しかし、その生活は霊的な堕落を伴うものでした。
神はヤコブに、「あなたの家にある異なる神々を捨てなさい」と命じられます。これは、ヤコブの家族が知らず知らずのうちに、シケムの人々の影響を受け、偶像礼拝に関わっていたことを示しています。

さらに神は、「身を清め、着物を着替えなさい」と語られました。これは単なる身だしなみの問題ではなく、これまでの罪や流血によって汚れた状態を離れ、新しい心で神のもとへ向かうための霊的な備えを意味しています。

また、「異なる神々と耳につけている耳輪」を捨てるよう命じられたことから、彼らが外見の華やかさやこの世の富、価値観に心を奪われていたことが分かります。ベテルへ向かうということは、この世との決別を意味していました。


2.神の家へ向かうヤコブ

ヤコブが神の家であるベテルへ向かうとき、不思議なことが起こりました。
「大いなる恐れが周囲の町々に起こった」と聖書は記しています。これは、神の家に向かう者には、神ご自身の守りと加護が伴うことを示しています。

ヤコブ自身も、決断をもって応答しました。
彼は家族と共に身を清め、着替え、偶像や耳飾りを地に埋めました。これは中途半端な悔い改めではなく、過去と決別し、神に従うという明確な意思表示でした。

その結果、神は再びヤコブに祝福を宣言されます。
「わたしがアブラハムとイサクに与えた地を、あなたに与えよう」と約束されました。神の祝福はどこにでも無差別にあるのではなく、神が定められた場所、すなわち神の国において受け取るものなのです。

アブラハムもイサクも、そしてヤコブも、祝福を求めて自らその場所へ向かいました。祝福は、待っているだけではなく、信仰をもって歩み出す者に与えられます。


3.ベテルで起こった不幸な出来事

神の家であるベテルに着いた後も、ヤコブの人生には試練が続きました。
リベカの乳母デボラが亡くなり、最愛の妻ラケルも出産の際に命を落としました。さらに父イサクの死、そして長男ルベンによる姦淫という悲しい出来事が重なります。

しかし、その中にも神の恵みがありました。
ベニヤミンが誕生し、もしベテルに向かわずシケムにとどまっていたなら、ヤコブ一家は命を落としていたかもしれません。また、父イサクの最期にも立ち会うことができなかったでしょう。

これらの出来事から、私たちは大切な教訓を学びます。
人生の小さな出来事に一喜一憂しすぎないこと、死は誰にでも必ず訪れること、そして試練の中にあっても、神の祝福は確かに注がれているということです。


4.まとめ

神の祝福は、神の家にあります。
時には、今いる場所を離れ、神が示される場所へ向かう決断が必要な場合もあります。祝福は、私たちが自ら神に向かって歩み出すところにあります。

この世に生きる限り、苦しみや試練は避けられません。それは、神を信じる人にも、信じない人にも等しく訪れます。
しかし、全能なる神の祝福を受けて生きることができるのは、信仰者の特権です。

神以上に頼もしい存在はなく、神以上に約束を守られる方もいません。私たちは、その神を信頼し、神の望まれる場所へ歩み続けていきましょう。​ 

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