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心に留める(創世記37:1-11)
고요한 2025-12-15 추천 0 댓글 0 조회 89

 

20221112土曜祈祷会

聖書:創世記37:1-11
題目:心に留める
賛美:421、422

説教:高曜翰 講道師

場所:大阪中央教会


1.ヤコブの家庭に起こった不和の原因

ヤコブの家庭には、深刻な不和が生じていました。その原因は一つではなく、いくつか重なっています。

まず第一に、ヤコブの偏愛があります。
ヤコブは、最愛の妻ラケルとの間に生まれたヨセフを、他の息子たち以上に愛していました。聖書には、「彼は年寄り子であったから、誰よりもヨセフを愛していた」(37章3節)とあります。

ヤコブは、他の妻たちを愛して結婚したというよりも、状況に流される形で家庭を持った部分がありました。その結果、愛情がヨセフ一人に集中してしまったのです。
その偏りを、他の息子たちは敏感に感じ取り、ヨセフを憎むようになり、「彼と穏やかに話すことができなかった」と記されています(37章4節)。

では、ヤコブはすべての息子を平等に愛すべきだったのでしょうか。
しかし、人間の親にとって完全に平等な愛を注ぐことは、実際には不可能です。たとえ親が注意していたとしても、子どもがどのように受け取るかによって、関係は変わってしまいます。
偏愛は、人生の中で避けられない現実でもあります。

次に、ヨセフ自身の態度にも問題がありました。
ヨセフは、兄たちの悪い行いを父ヤコブに告げ口していました(37章2節)。
また、兄たちが自分にひれ伏すという内容の夢を、配慮なくそのまま語りました。そのため兄たちは、「私たちを支配しようとでもいうのか」と怒り、ヨセフをますます憎むようになったのです(37章8節)。

では、ヨセフはもっと礼儀を学ぶべきだったのでしょうか。
確かにそう思えるかもしれません。しかし、親がどれほどしつけをしても、子どもが完全に成長するわけではありません。人は必ず失敗します。
つまり、人間同士の衝突は、どれほど努力しても避けられないものなのです。


2.ヨセフに対するそれぞれの態度

この出来事に対して、ヤコブと兄たちは全く異なる態度を取りました。

ヤコブは、ヨセフを叱りました。しかし、ヨセフの語った夢を心に留めました。
ヤコブは、ヨセフの未熟さだけを見るのではなく、「この夢には何か意味があるのではないか」と考えたのです。

一方、兄たちはヨセフを憎み続けました。
ヤコブの偏愛も、ヨセフの無神経な態度も、「あってはならないこと」だと判断し、拒絶したのです。

ここで、私たちは一つの大切な点に気づかされます。
多くの人は「ヨセフに問題がある」と考えますが、神様はこの場面でヨセフを責めていません。
本当の問題は、人間の中にある「思い込み」、つまり「こうあるべきだ」という考え方にあります。


3.「べき思考」とは何か

「べき思考」とは、「こうでなければならない」という強い思い込みです。

たとえば、
「人から嫌われるべきではない」と思うと、嫌われたかもしれないと感じただけで、大きく動揺してしまいます。
「相手を不機嫌にさせるべきではない」と思うと、常に相手の顔色をうかがい、疲れ切ってしまいます。
「妻は夫を立てるべきだ」という考えに縛られると、反対意見を言われただけで、相手を責めてしまいます。

これらはすべて、「あってはならない」という思い込みから生まれます。

しかし、その「べき思考」を手放すと、心は軽くなります。
嫌われないに越したことはありませんが、嫌われることもあります。
相手を不機嫌にさせない方がよいですが、そうなってしまう時もあります。
そう考えることで、私たちは平安の中で生きることができます。

重要なのは、相手の行動そのものよりも、それを自分がどう受け止めるかです。


4.神の計画を心に留める

ヨセフの夢は、人間的に見れば問題を引き起こすものでした。しかし、神の目から見れば、語られる必要があった夢でした。
兄たちは後にこの夢を思い出し、神の計画の偉大さを知ることになります。

これは、イエス・キリストの十字架とも重なります。
イエスは不当な裁判によって捕らえられましたが、抵抗しようとしたペテロを制しました。
それは、すべてが神の計画の中にあることを知っていたからです。

神の計画は、「良いことをしたら良い結果が返ってくる」という単純なものではありません。
悪い出来事さえも、神様は最終的に良いものへと変えてくださいます。
だからこそ、「こうあるべき」という考えで出来事を裁くのは危険なのです。


5.まとめ

私たちは、自分の考えだけで物事を判断しないようにしましょう。
「父の偏愛のせいだ」と責める代わりに、「最愛の妻を失ってつらいのだ」と理解する。
「ヨセフの態度のせいだ」と責める代わりに、「自分たちの行いを改める必要がある」と考える。

問題の解決は、周りが変わることによってではなく、自分自身が変わることによって起こります。特に人間関係においてはそうです。

人間関係がうまくいかない時、相手を拒絶するのではなく、神様の御心を心に留めましょう。 

人を見るのではなく、神様を見て歩んでいきましょう。​ 

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