20221204青年部礼拝
聖書:サムエル上8:10–11
題目:あなたの王は誰か
説教:高曜翰 講道師
場所:중앙성서교회
主題:神以外に王を立てるとき、私たちはその王の奴隷となり、真の安定を失ってしまう。しかし、神以上に私たちに安定感を与える王は存在しない。
サムエルは、王を求める民に対して、主の言葉をすべて告げました。
「あなたがたを治める王の制度は次のとおりである。彼はあなたがたの息子たちを取って、自分の戦車や騎兵に加え、戦車の前を走らせるであろう。」
これは単なる政治制度の説明ではなく、「人が王となるとき、何が起こるのか」を示す厳しい警告でした。
1.私たちを幸せにするものとは何か
まず問いかけたいのは、「私たちを幸せにするものは何か」ということです。
私自身の小学生時代を思い出します。友達の家でビデオゲームをしている時間は、とても楽しく、幸せに感じていました。しかし、後から振り返ると、その時間によって勉強する機会や集中力、さらにはお金までもが奪われていたことに気づきます。
一見良いもの、幸せを与えてくれるように見えるものでも、実際には私たちから大切なものを奪っていくことがあるのです。
2.イスラエルの要求とその問題点
① 背景
サムエルは、自分の息子ヨエルとアビヤを士師として立てました。しかし、本来士師は神ご自身が立てるものであり、人が世襲するものではありませんでした。
さらに、サムエルの息子たちは自分の利益を優先し、賄賂を受け取って裁きを曲げていました。そのため民は、サムエルの息子たちを拒否するようになります。
② イスラエルの要求
民はサムエルに言いました。
「ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください。」
確かに、ユダ族から王が立つという神様の約束はありました。しかし問題は、その動機でした。
③ 問題①「ほかのすべての国民のように」
民は、目に見えない神よりも、目に見える人間の王を求めました。その背景には、他国への嫉妬がありました。しかし、神様が与えてくださる最大の祝福は、「主と共にいること」そのものです。
イスラエルの言葉は、神様だけで満足できないという、信仰の欠如を表していました。
④ 問題②「自分のために選んだ王」
サムエル記上8章18節には、「あなたがたが自分のために選んだ王」とあります。
8章19–20節では、「われわれ」という言葉が何度も繰り返されており、神様のためではなく、自分たちのための要求であったことが明らかです。
民は、王が自分たちに多くのものをもたらすと期待しました。しかし神様は、王はむしろ多くのものを奪うと警告されました。それでもイスラエルはその警告を拒否し、自分たちの考えを神様の御心よりも優先しました。
これは、エデンの園でのアダムの選択、小学生時代のゲームへの依存、そして王の設立へと続く、人間の共通した姿です。ここにも信仰の欠如がはっきりと表れています。
⑤ 神様の対応
神様は、イスラエルの要求を受け入れられました。しかしそれは、彼らの願いが正しかったからではありません。
自分たちの動機が間違っていることを、実際の経験を通して知るためでした。まるで、禁止を素直に受け入れられない子どものようです。
実際、最初の王サウルはイスラエルを苦しめる存在となります。その苦しみは、信仰の欠如がもたらした結果でした。
3.私たち自身の要求を見つめる
① 私たちの祈り
私たちは祈りの中で、お金、仕事、結婚、健康、安全などを求めます。それ自体は決して間違いではありません。しかし、それがなければ幸せになれない、安全ではないと感じてしまうなら、それは罪となります。
神の国の民は、神様だけによって安定感を得ることができる存在です。他人と比べて嫉妬することも、神様より自分の人生を優先することも、罪です。
② この世の王
「これさえあれば幸せになれる」と思っているもの、それが私たちの王です。
それは、お金かもしれませんし、結婚、対人関係、成功かもしれません。
しかし、神以外の王は私たちを救うことはできず、むしろ私たちを奴隷にします。未来の安定を得ようとして、この世に寄り添うことは非常に危険です。人間の欲望には限りがなく、手に入れても決して満足できないからです。
この世のすべての王は、最終的に私たちを失望させることしかできません。
③ 神様を王とする生き方
イエス様はこう言われました。
「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて添えて与えられます。」
私たちは、神様さえいれば幸せになれる存在として造られています。
4.まとめと結論
私たちの王は誰でしょうか。
この世のものは、人間の不完全な性質のゆえに、私たちを本当に満足させることはできません。しかし、神様のものは完全であり、驚くほど素晴らしいものです。
イスラエルは、「他の国のようになるために」「自分たちの利益のために」王を立てました。しかし私たちは、他人と比べて嫉妬する必要も、自分の人生に必要なものを過度に悩む必要もありません。
結論:
私たちが神様を王として立てて生きるとき、神様は不完全な人間の目線ではなく、完全なる神様の目線で、私たちに本当に必要なものを与えてくださいます。
分かち合いと祈り
今、自分が王として立てていると感じるもの、あるいは王になりそうなものを挙げて、互いに分かち合いましょう。そしてそれを神様の前に降ろし、神様だけを王として立てられるように祈り合いましょう。


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