20230125水曜礼拝
聖書:ヨシュア1:1–9
題目:恐れを打ち消す約束
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
1.はじめに ― 励ましの言葉
私たちはしばしば自信のなさや劣等感に悩まされます。
誰かに期待されると、かえって負担になってしまうことがあります。自分は人より優れた能力を持っていない、人気もない。そのように感じる経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
私がアメリカで伝道師として働いていた時もそうでした。英語も韓国語も歌も上手くない私を採用してくださった牧師先生。その優しさに報いたくて青年部の働きを頑張りましたが、考えていたほど上手くいきませんでした。前任の伝道師と比べると何をしても劣っていると感じ、苦しい時期でした。
そんな時、牧師先生はこう言いました。
「高伝道師ができない人だということは、みんな知っている。」
その言葉は私を不思議に慰めました。私の弱さを知った上で愛し、用いてくださる神様の姿を思い出したからです。
2.モーセの後継者として選ばれたヨシュア
ヨシュアもまた、自信をなくしていた人物でした。彼はエジプトを出た時は40歳。名前はもともと「ホセア(救い)」でしたが、モーセによって「ヨシュア(主は救い)」に変えられました。
ヨシュアはモーセに仕え、かばん持ちのようにそばで霊的な訓練を受けました。アマレクとの戦いでは指揮官として戦い、カレブとともに約束の地に入ることが許された人物でもあります。
しかし80歳になって「モーセの後継者」となった時、彼の心には大きな不安がありました。
3.ヨシュアが恐れていたもの
ヨシュアが抱えた恐れは主に三つでした。
① モーセとの圧倒的な違い
モーセはエジプトの宮殿で王子として教育を受けた、生まれつきのリーダーのような存在でした。申命記34:10には、「モーセのような預言者は二度と起こらなかった」とあります。
一方、ヨシュアは平凡な人物。
「優れたリーダーの後任」という恐れは、私たちにも身近です。
② 数百万の民の反抗
民はしばしばモーセに反抗しました。申命記31:27でモーセは「私が死んだら、もっと反抗するようになるだろう」と言っています。
私も青年部で反発を受けて苦労したことがありますが、10数名でも大変です。それが数百万になると思うと、ヨシュアが恐れたのは当然のことです。
③ 神様と直接応答しなければならないこと
これまではモーセを通して神様が語られました。しかし、これからはヨシュアが直接神様と向き合わなければなりません。
偉大なモーセですら叱られ、時には命の危険にも遭いました。それを思うと、自分のような平凡な者で務まるのか――それがヨシュアの不安でした。
4.神様が与えた三つの約束
そんなヨシュアに、神様は三つの約束をくださいました。
① 約束の地を与える
ただし、「足の裏で踏む」必要があります(1:3)。
信仰は言葉だけではなく、行動が必要だということです。
しかしこれは同時に、「ヨシュア自身の能力は関係ない」という意味でもあります。必要なのは踏み出す勇気です。
② いつも共にいる
「モーセと共にいたように、あなたと共にいる」と言われました(1:5)。
敵が攻めてきても、人々から非難されても、神様は見捨てません。
責められるのはヨシュア1人ではなく、神様が弁護してくださるのです。
まるで勉強する子どもの横に座って見守る母親のように。
③ 勝利を得させる
勝利の条件は「律法を守ること」です(1:8)。
難しい新しい命令ではありません。
ヨシュアが長年学び、慣れ親しんでいた言葉を忠実に行うだけでよいのです。
神様は「強くあれ、雄々しくあれ」(1:6,7,9)と三度繰り返されました。モーセもまた同じ言葉を三度語っています(申31章)。
必要なのは「この世の能力」ではなく「神様を信頼する行動力」なのです。
5.信仰とは何か?
ヨシュア記を見ると、イスラエルは不思議な方法で勝利を収めていきます。
神様は個人的な強力な武器を与えたわけでもなく、敵を代わりに片付けたわけでもありません。
ただ「約束し」「ともにおり」「道を示した」だけでした。
そして神様はまず、“信仰による行動”を求められます。
多くの人は
「まず素晴らしい奇跡を見せてください。そうすれば信じます」
と願います。
しかし神様は
「何も見えないうちから、まず信じて歩みなさい」
と命じられます。
信仰によって一歩踏み出す時、はじめて奇跡が起こります。
イスラエルがカナン人に繰り返し勝利したのは、その信仰による行動のゆえでした。
今日も神様が私たちに願っておられるのは、
ヨシュアのように、神の約束を信じて大胆に歩むこと
です。


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