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自分中心から神様中心に変えよう(創世記28:1-9)
고요한 2025-12-23 추천 0 댓글 0 조회 22

 

20230327早天祈祷会

聖句:創世記28:1-9
題目:自分中心から神様中心に変えよう
賛美:154番

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


1.本文解説

① イサクはヤコブを祝福し、「カナン人を妻にしてはいけない」と命じた

イサクは、自分を騙したヤコブを叱ることなく、彼を祝福しました。
これは、エサウを祝福しようとしていた自分自身の人間的な考えを悔い改めた姿でもあります。

イサクは、ヤコブが生まれる前から神様のご計画があったことを知っていました。
神様は「兄は弟に仕える」(創25:24)と言われ、
さらに「わたしはヤコブを愛し、エサウを憎んだ」(ローマ9:13)と示されています。

実際、エサウは道を外れていきました。
家族の仕事ではなく野の仕事を選び、
神の祝福である長子の権利を一杯の食事と交換し、
さらにヘテ人の娘二人を妻にしました。

一方、イサク自身も人間的な弱さを持っていました。
「イサクは鹿の肉が好きだったので、エサウを愛した」(創25:28)とあり、
「私は死ぬ前にあなたを祝福しよう」(創27:4)と語っています。
これは、神の計画よりもエサウへの愛を優先していた姿でした。

しかしイサクは、人間の力では神様の計画を変えることができないと悟ったのです。
その結果、神様のご計画どおり、エサウにはヤコブと同じ祝福は与えませんでした。
ヘブル11章20節には、
「信仰によって、イサクは、来るべきことについて、ヤコブとエサウとを祝福した」
と記されています。


② パダン・アラムへ行き、ラバンの娘を妻にしなさい

イサクは、結婚相手を自分たちと同じ信仰の系譜から得るように決めました。
それは、信仰の家庭を築くためでした。


③ 全能の神様が祝福し、多くの子どもと多くの国民を与える

ヤコブの旅立ちは、彼自身から見れば逃亡の旅だったかもしれません。
しかしイサクから見れば、それは祝福を受け継ぐための旅立ちでした。

この物語は、イサクの回心と、神様に喜ばれる行動を示しています。

ここで語られる「全能の神様(シャダイ)」とは、最も力あるお方です。
その神様が祝福されるのですから、エサウを恐れる必要はありません。


④ アブラハムの祝福がヤコブとその子孫に与えられ、地を受け継ぐ

イサクは、この旅が神様に喜ばれるものになると確信していました。
実際、後に神様はヤコブのもとに現れ、同じ祝福を語られます。


⑤ イサクはヤコブを送り出した

イサクはヤコブをパダン・アラムへ送り、ラバンのもとへ行かせました。
二度と会えないかもしれない別れでした。
実際、リベカはその後ヤコブに会うことはありませんでした。

それでもイサクは、神様の計画とヤコブの信仰生活を最優先したのです。


⑥ エサウは父イサクの言葉を聞いた

エサウは、自分が父に愛されていることを当然だと思っていました。
そのため、カナン人の妻を二人も迎え、母の言葉を気にしていませんでした。

しかし今、父の祝福と愛が、父を騙したはずのヤコブに向けられていることを知ります。


⑦ ヤコブが父母の言葉に従ったことを知った

エサウの心には、ヤコブに負けたくない対抗心がありました。
自分も父に愛されたい、そのために父が喜ぶことをしようと考えます。


⑧ カナン人の妻が父イサクを喜ばせていないことに気づいた

エサウは、自分の結婚が父の心にかなっていないことに、ようやく気づきました。


⑨ エサウはイシマエルの家系から妻を迎えた

エサウはイシマエルのもとへ行き、ネバヨテの妹マハラテ(マハラス)を妻にしました。
しかし、その行動は父イサクを喜ばせるものではありませんでした。

なぜなら、イサクの心はすでに「人」ではなく「神様」を喜ばせる心に変えられていたからです。
一方エサウは、いまだに神様ではなく人を喜ばせようとしていました。

それは、ヤコブのように天幕で神様の言葉を学ぶことをしてこなかったからです。
アブラハムは、ヤコブとエサウが15歳になるまで生きていましたが、
エサウは信仰を学ぶ機会を失いました。
そのため、アブラハムの子孫とイシマエルの子孫の違いを理解できなかったのです。


2.心を入れ替えることの大切さ

① イエス様のたとえ(マタイ21:28〜32)

このたとえは、
心を入れ替えることの大切さ、
そして実際に行動を起こすことの大切さを教えています。


② イサクの場合

イサクは、神様の計画の大きさを見て心を入れ替え、ヤコブを祝福しました。
そして、祝福を受け継ぐための旅へと送り出しました。
人を喜ばせる生き方から、神様を喜ばせる生き方へと変えられたのです。


③ 私の場合

結婚のお見合いがうまくいかず、原因も分かりませんでした。
その中で、神様は私に「心を入れ替えること」を求めておられると気づかされました。

女性に良くすることよりも、
まず神様を喜ばせる生き方をしなければならない。

そう教えられ、今もなお、心を入れ替え続けています。


3.まとめ

この世に生きていると、神様よりも人ばかりが目に入ります。
神様よりも人を喜ばせ、自分を喜ばせたくなります。

しかし、人を喜ばせるところに神様の計画はなく、
そこに私たちの真の平安もありません。

だからこそ、イサクのように神様の主権を認め、 

自分中心から神様中心へと考えを変えて生きていきましょう。​ 

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