20230329水曜祈祷会
聖書:ヨシュア9:19-20
題目:決断の時に
賛美:15、96、546、545
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書朗読(ヨシュア9:19–20)
イスラエルのすべての族長たちは、全会衆に向かって言いました。
「私たちはイスラエルの神、主によって彼らに誓った。
だから今、彼らに手を下すことはできない。
私たちが彼らに誓った誓約のゆえに、
主の怒りが私たちに下らないよう、
このようにして彼らを生かしておこう。」
1.私たちはどのように決断するのか
私たちは判断に迷うとき、さまざまな基準で決断しようとします。
「どちらが自分のためになるか」「どちらが世の中のためになるか」と考えます。
実際には、安全を最優先にすることもあれば、
感動や評価、財産、自由、あるいは子どもを最優先にする場合もあります。
この世では、多くの場合「どのような結果になるか」を考えて決断します。
だからこそ私たちは、自分が何を最優先にして決断しているのかを、
はっきりさせる必要があります。
2.偽りの契約
① アイ攻略後の状況
イスラエルは、エリコを攻略し、続いてアイを攻略しました。
その後、エバル山で律法が朗読されました(8:34)。
神様は申命記7章2節で、
「どんな契約も結んではならず、憐れみを示してはならない。
完全に滅ぼさなければならない」
と命じておられました。
この命令を受け、カナンの七部族の王たちは結束します。
② 謎の訪問者
ある日、イスラエルの本陣であるギルガルに、見知らぬ人々が現れました。
彼らは、古びた袋、破れた葡萄酒の皮袋、修理された古い靴と着物、
乾いて砕けたパンを持っていました。
彼らは、エジプトで起きた出来事や、ヨルダン川東側での戦いを知っていると言い、
「私たちは非常に遠い国から来ました。どうか契約を結んでください」と願い出ました。
③ イスラエルとヨシュアの対応
イスラエルは、ここで主に尋ねることをしませんでした(9:14)。
彼らをもてなし、契約を結んでしまいます。
なぜなら、彼らが滅ぼすべきカナン七部族ではないと判断したからです。
④ 明らかになった真実
しかし三日後、彼らはギブオンの町に到着し、真実が明らかになります。
その人々は、実は滅ぼすべきギブオンに住むヒビ人でした。
イスラエルは、神の名によって
「彼らを滅ぼさない」という契約を結んでしまっていたのです。
「遠くから来た」と言っていましたが、実際には10キロほどの距離しかありませんでした。
⑤ ギブオン人の知恵
ギブオン人は、非常に用意周到でした。
乾いて砕けたパン、破れた葡萄酒の皮袋、古くなった服と靴を準備していました。
彼らは、エジプトからヨルダン川までの戦いをよく知っていました。
しかし、エリコとアイについてはあえて触れませんでした。
それによって、イスラエル人を安心させ、契約へと導いたのです。
彼らは、申命記20章10〜18節に記されている
イスラエルの戦争のルールを知っていました。
まず降伏を勧め、
降伏すれば貢ぎを納めさせ、仕えさせる。
拒否すれば戦い、男を皆殺しにする。
ただし、カナン人は例外である。
だからこそ彼らは嘘をつき、
一度降伏した相手は殺されないことを知っていました。
⑥ イスラエルの失敗
イスラエルは、再び「神様に尋ねない」という過ちを犯しました。
三日後、彼らが近くに住んでいることを知り、
自分たちが騙されていたことに気づきます。
同時に、知らずに罪を犯していたことにも気づかされました。
⑦ 究極の選択
ここでイスラエルは、究極の選択を迫られます。
偽りによって結ばれた契約を破棄し、
申命記7章2節の命令どおりギブオン人を滅ぼすべきか。
それとも、民数記30章2節の命令どおり、
主への誓願を破らず、契約を守るべきか。
どちらを選んでも、律法の一部を破ることになる状況でした。
3.ヨシュアの決断
① 契約の順守を優先
ヨシュアは、契約を守ることを優先しました。
ギブオン人を滅ぼさず、
偶像礼拝をやめさせ、神の家のために仕えさせました。
相手の過ちを利用し、感情的に怒ることもできましたが、
ヨシュアはそうしませんでした。
② 決断の理由
15節で使われている「契約」は、ヘブル語で「ベリート」です。
契約を破ってはならない、という信仰がありました。
また、神の名による契約を破るという
さらなる罪を犯さないためでした。
ヨシュアはこの決断を通して、
神様の忠実さをギブオン人に示しました。
③ モーセのもとで学んだ信仰
ヨシュアは、荒野で何度も感情的に契約を破るイスラエルの民を見てきました。
一方で、神様は常に冷静に契約を守り続けられました。
神様は背信したイスラエルを滅ぼさず、
ご自身の言葉に忠実であり続けました。
「主に立ち返り、御声に聞き従うなら、
繁栄を元に戻し、再び集める」(申命記30:2–4)
私たちが契約に不忠実でも、
神様は常に契約に忠実なお方です。
ヨシュアの決断から、
神様の心を理解しようとする忠実な神の僕の姿が見えてきます。
契約を守って損をしても支払いを続ける会社のように、
私たちも「神様はいない」と言う人々に、
私たちの生き方を通して神様を示すことができます。
④ ギブオン人への祝福
この決断は神様の御心にかなっていました。
ヨシュアの時代には、エルサレム攻略に協力し、
ダビデの時代には、モーセの幕屋に仕え、
ネヘミヤの時代には、神殿再建に協力しました。
⑤ 詩篇15篇に見るダビデの信仰
ダビデは、
「誓ったことは、自分の損害になっても変えない人」
こそが、主の幕屋に宿る者だと歌いました。
神様がご自身の約束に忠実であるように、
私たちも約束に忠実でありましょう。
(賛美歌546番)
4.イエスの決断
① イエスの教え
「自分の命を救おうとする者は失い、
わたしのために命を失う者は、それを見出す」
(マタイ16:25)
② 最後の晩餐
イエスは言われました。
「これは、多くの人のために流す、わたしの契約の血である」(マルコ14:24)
これは、エレミヤ31章31〜33節に預言された新しい契約です。
イエスは、十字架で死ぬためにこの世に生まれました。
③ ゲッセマネの祈り
「父よ、あなたにはできないことはありません。
どうか、この杯をわたしから取り除いてください。
しかし、わたしの思いではなく、御心のままになさってください」
(マルコ14:36)
生きるか死ぬかの究極の選択の中で、
イエスは苦しみながらも、神様の御心を選ばれました。
④ 契約を優先した決断
最終的に、イエスは神様の御心を優先し、十字架にかかる決断をされました。
神様がご自身の計画に忠実であったように、
イエスも忠実に従われました。
その姿を通して、
私たちがどのように決断すべきかを教えておられます。
5.マリアの決断
天使はマリアに言いました。
「恵まれた女よ、おめでとう。主が共におられる。」
マリアは驚くのではなく、
「この言葉はどういう意味だろうか」と深く考えました。
これは「思い巡らす」「熟考する」という意味です。
マリアは、羊飼いが礼拝に来たときも、
イエスが神殿で語っていたときも、
起こった出来事を心に留め、その意味を考え続けました。
自分の考えではなく、神様の思いを優先する態度でした。
「お言葉どおり、この身になりますように」(ルカ1:38)
「わたしの思いではなく、御心がなりますように」(ルカ22:42)
練習問題
もし、信仰によって育てた娘が、
大きなお腹で不信者の男性を連れてきて、
「結婚します」と言ったらどうするでしょうか。
叱りつけ、離婚や中絶を迫るでしょうか。
それとも、結婚を認め、祝福するでしょうか。
私たちは、子どもの過ちに付け込んで、
自分の感情に任せた怒りを爆発させてはなりません。
将来生まれてくる子どもと夫婦が、
神様の栄光となるような決断をする必要があります。
6.まとめ
究極の選択の中で、私たちはどのように決断すべきでしょうか。
人の目を気にして自分を守る決断でしょうか。
感情に任せる決断でしょうか。
それとも、神様の栄光を表す決断でしょうか。
良い結果を残す決断とは、
結果だけを見て選ぶことでも、
「どうせ結果は同じ」と考えることでもありません。
神様に優先順位を置かない決断は、
良い結果をもたらしません。
結果をもたらすのは神様だからです。
ヨシュアの良い結果は、
彼の知恵ではなく、
神様の栄光を第一に考える心から生まれました。
神様は、私たちの失敗の結果さえも、
素晴らしいものへと変えてくださいます。
結論
決断とは、自分にとって一番良いものを選ぶことではありません。
神様の栄光を第一に考えて選ぶことです。
このことを信じて、決断していきましょう。


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