20230410早天祈祷会
聖句:創世記31:1–29(1–7中心)
題目:神様の祝福は止められない
賛美:91番
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書朗読(創世記31章1–7節)
ヤコブは、ラバンの息子たちが
「ヤコブは、私たちの父のものをすべて奪い、父のものによって、このすべての富を得たのだ」
と言っているのを聞きました。
またヤコブは、ラバンの顔色を見て、自分に対する態度が以前とは違っていることに気づきました。
そのとき主はヤコブに言われました。
「あなたの先祖の地、あなたの親族のもとへ帰りなさい。わたしはあなたと共にいる。」
そこでヤコブは人をやり、ラケルとレアを、自分の羊のいる野に呼び寄せました。
そして彼女たちに言いました。
「あなたがたの父の顔色を見ると、私に対する態度が以前とは違っています。しかし、私の父の神は、私と共にいてくださいました。
あなたがたも知っているとおり、私は力の限りを尽くして、あなたがたの父に仕えてきました。
それなのに、あなたがたの父は私を欺き、報酬を十回も変えました。しかし神は、私が害されるのをお許しになりませんでした。」
1.聖書解釈
まず、ラバンの息子たちの言葉に注目します。
彼らは「ヤコブが父のものを奪って富を得た」と言いました。しかし、ヤコブは決して盗んだわけではありません。後にラバン自身もそれを認めています。
聖書ははっきりと、神様がラバンのものを取ってヤコブに与えたと語っています(31章9節)。
それにもかかわらず、ラバンの息子たちはヤコブを妬みました。
妬みは、人に正確な判断をさせなくします。
次に、ラバン自身の態度の変化です。
以前、ラバンはヤコブを通して現れる神の祝福を利用していました。しかし、偶像を拝む者は決して満足することができません。
今や自分よりも豊かになったヤコブを妬み、祝福を与えられていたにもかかわらず、「騙されている」と思い込むようになりました。
そのような状況の中で、主はヤコブに「先祖の地、親族のもとへ帰りなさい。わたしはあなたと共にいる」と語られました。
これは、ラバンのもとでの二十年間の訓練が終わったという合図でした。
この二十年は、騙されただけの無駄な時間ではありません。また、因果応報による罰の期間でもありません。因果応報は聖書の教えではないからです。
若い時の過ちのために、神様が二十年間ヤコブを苦しめるでしょうか。そうではありません。
この期間は、人の力ではなく、神様の力によって生きることを学ぶための訓練の時でした。
エサウの時は、イサクが祝福し、ヤコブは逃亡の旅に出ました。
しかし今回は、神様ご自身が直接祝福し、ヤコブは旅立ちます。
神様が共にいてくださるほど、心強いことはありません。実際、神様はラバンに「ヤコブと善悪を論じるな」と命じられました(31章29節)。
2.ヤコブの慎重な行動
ヤコブは神様と相談した後、人をやってラケルとレアを呼び寄せました。
当時のメソポタミアの法律では、妻の同意なしに妻を連れて行くことはできませんでした。これは神の律法にもかなっています。
夫婦は一つの体、一つの心であるからこそ、最優先で妻に相談すべきなのです。
ヤコブは家の中ではなく、羊を飼う野で妻たちと会いました。
家では盗み聞きされる可能性があり、人のいない場所で話す必要があったからです。
さらに、年に一度の羊の毛刈りの時期に合わせ、大人数で出発する計画でした。この時期には三百人から四百人ほどが、三日がかりで移動します。この機会をヤコブは待っていました。
ヤコブは妻たちに、義父の態度が変わったこと、しかし主が共におられることを伝え、励ましました。
主が共におられる以上に頼もしいものはありません。
お金や知恵、人に頼ると、必ず失敗します。結婚相手にお金や人脈や性格ばかりを求めるのと同じです。
ヤコブの祝福は、彼の知恵によるものではありません。百パーセント、神様の力によるものでした。
3.忠実に仕えるヤコブと神の守り
ヤコブは「私は力の限り尽くして仕えた」と語ります。
ラバンは悪い主人でしたが、ヤコブは忠実に仕えました。
ダビデがサウロに手をかけなかったように、パウロも「地上の主人にも、主に対するように従いなさい」と語っています。
すべての権威は神様によって立てられており、権威者は私たちに善を行わせるための神に仕える者だからです。
それにもかかわらず、ラバンは十回も報酬を変えました。
しかし、ラバンが不公平な条件を出すたびに、神様はヤコブを祝福されました。
ぶちのものがヤコブのものと言われれば、ぶちばかりが生まれ、
しまのあるものがヤコブのものと言われれば、しまばかりが生まれました。
ヤコブの富は、彼の工夫や知恵ではなく、神様の力によるものでした。
これは私たちも同じです。
神様と共にいる者は、神様の祝福を受けます。それは知恵や地位や名声によるものではありません。
子どもに良い大学や良い職業だけを教える親の姿とは違います。
神様が守ってくださるのです。神様の祝福は、人の力では止めることができません。
職場や学校でいじめられるクリスチャンであっても、祝福は止まりません。
4.正しい信仰生活とは何か
ラバンは、神様の存在も力も知っていました。しかし、他の神々も同時に信じていました。
神様ご自身には興味がなく、神様がくださる祝福にだけ興味があったのです。
これは、信仰よりも学業を優先する家庭と似ています。
結婚生活でも同じです。
夫自身には興味がなく、顔や名声やお金だけを求める妻と、夫だけで幸せを感じ、他はあってもなくてもよいと考える妻とでは、後者が正しい結婚生活を送ることができます。
正しい信仰生活とは、何よりも神様と共にいることを喜ぶことです。
他のものは、あってもなくてもよいのです。
神様の祝福にしか興味がないなら、人は不信仰や異端に陥ってしまいます。
5.ヤコブのように祝福される秘訣
最後に、ヤコブのように祝福される秘訣を三つ確認します。
第一に、神様の祝福ではなく、神様ご自身を見て生きることです。
第二に、自分の力ではなく、神様の力に頼ることです。
第三に、苦しみの期間は私たちを変えるための訓練の期間であると知ることです。


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