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主から離れて生きる時(創世記34:1–12)
고요한 2025-12-24 추천 0 댓글 0 조회 24

 

20230417早天祈祷会

聖句:創世記34:1–12
題目:主から離れて生きる時
賛美:267

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


はじめに

本日の聖書箇所は、創世記34章1節から12節です。
この箇所は、ヤコブ一家が主から離れた場所に留まった結果、どのような悲劇が起こったのかを記しています。


1.聖書箇所の解説

(1)レアの娘ディナが出かけて行った(1節)

レアがヤコブに産んだ娘ディナは、「その地の女たちに会うため」に出かけて行きました。

ここで言う「その地」とは、神が示されたベデルではなく、セケムの町です。
ヤコブはベデルへ向かう途中、このセケムの町まで来ましたが、なぜかそこで土地を買い、住み着いてしまいました(33:18–19)。
エサウの住むセイルへ行くことは上手に断ったにもかかわらず、目的地であるベデルには向かわなかったのです。

ディナは、セケムの女友達と遊ぶために町へ入りました。
セケムは都市国家であり、市民でない遊牧民は町の外に住むのが普通でした。
ロトもまた、ソドムの住人になる前は町の外に住んでいました。
しかしディナは町の中に入り、異邦人の文化の中で過ごしていたのです。


(2)権力者セケムによる性暴力(2節)

ディナは、その地の権力者ハモルの息子セケムに捕らえられ、強姦され、辱めを受けました。

ハモルは都市国家セケムの王であり、セケムはその息子でした。
当時のカナン人社会では婚前交渉は珍しくありませんでしたが、イスラエルにおいては決して許されない行為でした(34:7)。

「強姦された」という言葉のヘブル語は、「苦しみを受けた」という意味を持ちます。
ディナは明確な被害者であり、非は完全にセケムにあります。


(3)セケムの変化(3節)

セケムは、最初は性暴力を行った人物でしたが、その後ディナを慕い、愛し、言葉で彼女の心を慰めるようになります。
罪は罪として消えることはありませんが、彼の中に変化が生じていることは確かです。


(4)責任を取ろうとするセケム(4節)

セケムは父ハモルに、「この娘を妻にしてください」と願い出ます。
道徳的水準は低いものの、彼なりに責任を取ろうとする誠実な態度が見られます。


(5)沈黙するヤコブ(5節)

ヤコブは、娘ディナが汚されたことを聞きましたが、息子たちが帰って来るまで黙っていました。

当時は、重要な決定をする前に息子たちの意見を聞くのが習慣でした。
しかし同時に、ヤコブ自身がもはや自分で決断できなくなっていたとも考えられます。


(6)ハモルの仲裁(6節)

セケムの父ハモルは、ヤコブと話し合うためにやって来ました。
彼は、セケムとヤコブの間の調停役を果たそうとします。


(7)ヤコブの息子たちの怒り(7節)

この出来事を聞いたヤコブの息子たちは、深く悲しみ、激しく怒りました。
それは、セケムがヤコブの娘と寝て、「イスラエルにおいて愚かなこと」を行ったからです。

ここで「イスラエル」という言葉が使われているのは重要です。
それはヤコブ一家全体を指し、彼らが他民族とは異なる、特別な民であるという意識が芽生えていることを示しています。


(8)ハモルの正式な申し出(8節)

ハモルは、「セケムがディナを慕っている。どうか妻として与えてほしい」と申し出ます。
彼らは対話の場を設け、誠意をもって責任を取ろうとしています。

この結果、ディナがヤコブの家を離れ、セケムの家に入る可能性も現実的でした。


(9)通婚の提案(9節)

さらに彼らは、「互いに娘を与え合って結婚しよう」と提案します。
これは、ヤコブの家とセケムの家が一体となることを意味します。

しかし、これは神の計画の前では大きな問題でした。
アブラハム、イサク、ヤコブはいずれも、カナン人との雑婚を避けてきたからです。
この提案は、本来なら断るべきものでした。


(10)市民権と財産の誘惑(10節)

彼らは「一緒に住み、土地で商売をし、財産を得なさい」と言いました。
これは、ヤコブの家をセケムの都市国家の市民として迎え入れるという意味です。

市民権は、遊牧民が強く望むものでした。
アブラハムもイサクも得られなかった市民権を、ここで得るチャンスだったのです。
ロトはソドムでそれを手に入れましたが、結果は悲惨でした。


(11)セケムの必死の訴え(11節)

セケムは、「あなたがたの前に恵みを得させてください。言われるものは何でも差し上げます」と言いました。

この言葉には、罪の赦しを願う意味が含まれているとも、またディナを妻にできるならどんな犠牲も払う覚悟があるとも考えられます。
確かに、町の人々を説得するための言葉とも取れますが、精一杯の誠意が見て取れます。


(12)結納金と贈り物(12節)

セケムとハモルは、どれほど大きな結納金や贈り物でも支払うと約束しました。

町のすべての男が割礼を受け入れたこと(34:19)を考えると、これは単なる財産目当てとは言えません。
道徳水準は低いものの、セケムが本気でディナを愛していたことがうかがえます。


2.ヤコブの堕落

ヤコブ一家は、セケムでの生活の中で堕落していました。

彼らは異なる神々を捨てなければならない状態にあり、偶像礼拝の影響を受けていました(35:2)。
血で汚れ、着物を着替える必要がありました。
また、耳輪など、この世の華やかさを求めていました。

ラバンやエサウの問題を乗り越えたにもかかわらず、再びこの世の富の誘惑に陥っていたのです。
そのため、セケムとハモルの提案をはっきり断ることができませんでした。

ここから私たちは学びます。
信仰者は歩みを止めてはなりません。
ベデルを目指さなかったことが、この事件を引き起こしました。

邪悪な人々と共に住めば、その影響を避けることはできません。
神の国の民がこの世の基準で生きると、必ず苦しむのです。


3.イエス様の会堂での事件(ルカ4:16–30)

ナザレの会堂で、イエス様は最初称賛を受けました。
しかし、エリヤやエリシャの例を挙げ、神の恵みが異邦人にも及ぶことを語ると、人々は激怒しました。

彼らは、神の祝福は自分たちが当然受けるものだと考えていました。
また、大工ヨセフの息子程度に語られることが我慢できなかったのです。

彼らは神の視線ではなく、人の視線を気にしていました。
その結果、悔い改めることができず、イエスを殺そうとしました。


4.この世の私たちへの問い

私たちは、祈りや聖書の学び、伝道をやめた信仰生活を送っていないでしょうか。
この世の基準で信仰生活をしていないでしょうか。
神のものとこの世のものとの間で揺れ、答えを出せない信仰になっていないでしょうか。


結び

歩みを止めず、神様の基準で答えを出せる信仰生活を目指しましょう。 

主から離れて生きるのではなく、再びベデルを目指して歩む者となりましょう。​ 

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