20230612早天祈祷会
聖書:出エジプト4:18-23
題目:人知を超えた神の計画
賛美:445
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書朗読(出エジプト4:18–23)
18節。
モーセは義父であるイドロのもとに戻り、こう言いました。
「エジプトにいる身内のところへ帰り、彼らがまだ生きているかどうかを確かめたいのです。どうか行かせてください。」
するとイドロはモーセに、「安らかに行きなさい」と言いました。
19節。
主はミディアンにいるモーセに言われました。
「エジプトへ帰りなさい。あなたの命を狙っていた者たちは皆死んだ。」
20節。
モーセは妻と息子たちをロバに乗せ、神の杖を手にしてエジプトへ帰って行きました。
21節。
主はモーセに言われました。
「あなたがエジプトに帰ったなら、わたしがあなたの手に授けたすべての不思議をパロの前で行いなさい。しかし、わたしが彼の心を頑なにするので、彼は民を去らせないだろう。」
22節。
「あなたはパロにこう言いなさい。
『主はこう言われる。イスラエルはわたしの子、わたしの長子である。』」
23節。
「『わたしはあなたに、わたしの子を去らせて、わたしに仕えさせよと言った。それでもあなたが拒むなら、見よ、わたしはあなたの子、あなたの長子を殺す』と。」
1.本文解説
18節:モーセの退職願
ここで私たちは、モーセの姿勢に注目します。
モーセは、自分の義父であり雇い主でもあるイドロに、正直に願い出ています。黙って立ち去るのではなく、きちんと事情を説明し、許可を求めました。
イドロはそれを快く受け入れ、「安らかに行きなさい」と送り出します。
このことから、モーセとイドロの関係が非常に良好であったことが分かります。
これは、ヤコブがラバンのもとを黙って去った出来事とは対照的です。モーセは、信仰者として誠実な態度をもって出発したのです。
19節:主の励まし
主はミディアンでモーセに語られました。
「あなたの命を狙っていた者たちは、もう皆死んだ。」
これは大きな励ましの言葉です。
かつてモーセの命を狙っていたのは、当時のパロ、その側近たち、そしてモーセが殺してしまったエジプト人の関係者でした。主はその恐れがすでに取り除かれていることを告げ、モーセを励まされたのです。
20節:モーセの出発
モーセは安心して、妻と二人の息子をロバに乗せ、神の杖を手にしてエジプトへ向かいました。
ロバは当時、高貴な乗り物であり、良い贈り物でもありました。
モーセは、神の使命を帯びつつ、家族を連れて出発します。ここには、神に委ねる信頼と平安が表れています。
21節:神様の計画
主はモーセに、非常に理解しがたいことを語られます。
「わたしがパロの心を頑なにする。」
普通に考えるなら、パロの心を柔らかくして、イスラエルをすぐに解放すべきではないでしょうか。しかし、ここには人間の理解を超えた、壮大な神の計画があります。
ローマ人への手紙9章17〜18節には、こうあります。
「わたしがあなたを立てたのは、あなたにおいてわたしの力を示し、わたしの名を全世界に告げ知らせるためである。」
神様は、パロさえも用いてご自身の栄光を現そうとされました。
人間的に見ると、神様は冷酷に見えるかもしれません。モーセに対しても、パロに対しても、厳しいお方のように思えるでしょう。しかし、それは私たちの視野が限られているからです。
22〜23節:これからの神様の計画
神様は、イスラエルを「わたしの子、わたしの長子」と呼ばれました。
長子とは、父に仕える存在です。イスラエルは、神様に仕えるために選ばれた民でした。
それを拒み続けるなら、パロの長子が打たれると神様は宣告されます。
神様は弱い者いじめをなさる方ではありません。ソドムとゴモラの例に見られるように、神様は長く忍耐され、それでも悔い改めない頑なさに対して、裁きを行われるお方です。
2.神様の計画
① イスラエルが神の栄光を見るため
もしパロの心が柔らかくなり、簡単に民を解放していたなら、「パロのおかげだ」と言われてしまったでしょう。しかし、パロの心が頑なだったからこそ、イスラエルは「これは神様の御業だ」としか言えなかったのです。
出エジプト記7章には、「エジプトは、わたしが主であることを知る」とあります。
また神様は、83歳と80歳という高齢のモーセとアロンを用いられました。これもまた、神の働きであることを否定できなくするためでした。
② パロの救いはあったのか
私たちは皆、もともとパロのように死ぬべき存在です。
パロは、最初は柔らかい心を持っていたのではなく、もともと頑なな人間でした。それは私たち自身の姿でもあります。
神様がひどいと感じるのは、自分を義人だと思ってしまうからです。
しかし、私たちが救われたのは、自分の正しさではなく、ただ神様の恵みによるのです。
③ 私たちの選択
ローマ人への手紙1章28節には、「神は彼らを、正しくない思いに引き渡された」とあります。
人が神様と反対の決断を繰り返すなら、神様は無理に引き止められなくなります。
ヨナ、アハブ、ギデオン、そしてモーセもそうでした。
パロもまた、何度も自分の心を固くした結果、神様は彼をそのままにされたのです。
④ 自由意志と神様の主権
イエス様は言われました。
「疲れた者、重荷を負っている者は、わたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」
私たちは、神様から与えられた自由意志をもって、神様のもとへ行けばよいのです。
パロは自由意志をもって神様を拒絶しました。その結果、彼は滅びに向かいましたが、神様はそのパロさえもご自身の計画に用いられました。
私たちは、神様の主権の中で救われているのです。
人から認められたいという思いを手放し、神様に主権をお返しし、神様の方法に従うことが大切です。この世の方法に従っても、何も残りません。
3.私たちのすべきこと
① 私たちはモーセか、パロか
モーセは心を整え、神様に従いました。
パロは心を固くし、神様に従いませんでした。
私たちは、選ばれたことを感謝し、神様に従って生きる者でありたいのです。
② 神様はすべてをご自身の計画に用いられる
神様は、パロの心も、悪魔さえも、ご自身の計画の中で自由に用いられます。
エジプトの十の災いがそうであったように、私たちには計画がうまくいっていないように見えても、心配する必要はありません。
神様の壮大な計画は、今も確実に進んでいます。
私たちが気にすべきなのは結果ではなく、神様に従っているかどうかです。
今日も一日、パロではなく、モーセのように神様に従って生きていきましょう。


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