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赦しましょう(ヨシュア20:9)
고요한 2025-12-29 추천 0 댓글 0 조회 66

 

20230614水曜祈祷会

聖書:ヨシュア20:9
題目:赦しましょう
賛美:436番、401番、282番、284番

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


聖書朗読(ヨシュア20:9)

「これらは、イスラエルのすべての人々、およびそのうちに寄留する他国人のために設けられた町々であって、すべて、あやまって人を殺した者を、そこにのがれさせ、会衆の前に立たないうちに、あだを討つ者の手にかかって死ぬことのないようにするためである。」


1.知って犯した罪と、知らずに犯した罪

私たちはまず、「知って犯した罪」と「知らずに犯した罪」について考えたいと思います。

肥料販売事件

2020年6月17日、フリマアプリで肥料を販売した7人が罪に問われました。
肥料は、国の認可がなければ販売できず、違反すると「1年以下の懲役または50万円以下の罰金」が科せられます。

彼らはその法律を知らずに販売していました。しかし、知らなかったとしても、罪は罪となってしまいました。
では、知らずに犯した罪と、知って犯した罪では、罪の重さは違うのでしょうか。


仏教の考え方

仏教では、知らずに犯した罪の方が重いと考えられています。
釈迦はこう言いました。

「焼けた火箸を、知らずに握る方が、より重い火傷をする。」

無知は、より大きな罪を犯しやすいからです。
この考え方は、人の心よりも結果を重視しています。


キリスト教の考え方

一方、キリスト教では、知って犯した罪の方が重いと考えます。
申命記19章6節には、「相手を憎んでいたわけではないなら、死刑には当たらない」とあります。

知らずに犯した罪には、赦しの機会が与えられます。
ここで私たちは、神様が結果よりも、その人の心や動機を重視しておられることを知ります。


2.逃れの町(トビソン)

背景

イスラエルは占領戦争において失敗しましたが、神様は次の段階を許されました。
それが、モーセが申命記19章1〜13節で定めた「逃れの町」を実行することでした。

ヨルダン川の東に3つ、西に3つ、合計6つの町が建てられました。


建築の条件

逃れの町は、イスラエルのどこに住んでいても50km以内で行ける場所に設けられました。
そこへ至る道は、幅約14メートルで、よく整備されていました。

移動を妨げる障害物はすべて取り除かれ、丘は平らにされ、川には橋が架けられました。
分かれ道には、道標が立てられました。

また、逃れの町には快適な住居が用意され、職業訓練も施されました。


建築の理由

逃れの町は、誤って人を殺してしまった者を匿うために造られました。
当時、殺人が起きると、家族や親族が復讐するのが常識でした。

神様は、先走った復讐を防ぎ、正しい裁判を受けさせるために、この制度を設けられました。
それは、知らずに犯した罪に対して、赦しを与えるためでした。


利用条件

逃れの町は、イスラエル人だけでなく、外国人も利用することができました。
裁判で悪意がなかったことが証明されれば、その町で暮らすことが許されました。

そして、その時の大祭司が亡くなると、その人は罪を赦され、家に帰ることができました。


逃れの町が意味すること

イスラエルの民は神様の約束を完全には守れませんでしたが、神様は罰を与えませんでした。
逃れの町の建設は、神様の深い憐れみを示しています。

神様は、結果や事実だけではなく、私たちの心や動機をご覧になるお方です。

(ここで讃美歌282番)


3.イエス様と赦し

一万タラントの負債のある者(マタイ18章)

王は、一万タラントの借金を負ったしもべを憐れみ、その負債を赦しました。
その男が、わざとではなかったことを王は知っていたと考えられます。

しかし、そのしもべは、自分に百デナリを借りている人を赦しませんでした。
王は、その心の汚さを見て、彼を牢に入れました。

「人はうわべを見るが、主は心を見る」(サムエル記)
王は、自分が憐れんだように、その人も他の人を憐れむことを望んだのです。


パウロ

パウロは、「信じていないときに行ったことなので、憐れみを受けた」と語っています
(第一テモテ1章13節)。

当時のエペソ教会では、どちらが正しいかという争いがありました。
しかし、神様の救いの計画のためでなければ、その議論には意味がありません。

私たちは、自分が赦されたように、相手を赦さなければなりません。
時には「負けてあげる」ことが必要です。


ヨナ

神様が赦そうとしているのに、なぜあなたは赦せないのか。
ヨナはニネベへの伝道から逃げ、唐胡麻の木の下で待っていました。

憐れみ深い神様は、すべての人を赦し、救いたいと願っておられます。


イエス様の言葉

「もし人を許さないなら、あなたがたの父もあなたがたを許されない」
(マタイ6章15節)

赦せない人がいるなら、天国に入れないという厳しい言葉です。
相手は天国に行くのに、嫌いな相手のせいで自分が天国に入れない――
そんなことがあってよいのでしょうか。

私たちは、イエス様のように、いつでも赦す準備が必要です。


私たちにできること

もし憎い相手がいるなら、今日、赦しましょう
「知らないからそうなんだ!」という言葉を、相手を見下すために使わないでください。

それを、イエス様のように、赦す言葉として使いましょう。

「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのか分からないのです」
(ルカ23章34節)

みんなで言ってみましょう。
「知らずにそうしたのね。赦しましょう。」
(모르고 그랬구나. 용서합시다.)


4.まとめ

イスラエルは、占領に失敗した後も、神様の赦しを受けて「逃れの町」を造りました。
それは、結果ではなく、人の心を見て憐れむ神様を学ぶためでした。

イエス様は、私たちが知らずに犯した罪を赦されました。
パウロもまた、その憐れみを受けました。

だからこそ、私たちも隣人に対して、 

「知らなかったのね」と言って、赦していきましょう。​ 

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