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知恵ある判断の基準(ヨシュア22:30-31)
고요한 2025-12-31 추천 0 댓글 0 조회 70

 

20230705水曜祈祷会

聖書:ヨシュア22:30-31
題目:知恵ある判断の基準
賛美:359、360、310、390

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


1.人間の判断基準

私たち人間の判断には、ある共通した偏りがあります。
それは「割り込みの心理」によく表れます。

相手が割り込みをした場合、私たちはすぐに相手の人格を責めます。
「なんて失礼な人だ」「常識がない」と、相手そのものを問題にします。

しかし、自分が割り込みをした場合はどうでしょうか。
「急いでいた」「仕方がなかった」と、自分の環境や状況を理由にします。

このように、自分中心の考え方は争いしか生みません。
これは決して、知恵ある判断とは言えないのです。

では、知恵ある判断をするためには、どうすればよいのでしょうか。


2.ピネハスに学ぶ知恵ある判断

① ルベン族・ガド族・マナセ半部族による祭壇事件

ヨルダン川東部の土地を所有していたのが、ルベン族、ガド族、マナセ半部族の三部族でした。
彼らは、ユダ族やエフライム族と同様に、占領戦争にも真剣に参加していました。

その三部族が、ヨルダン川東部に一つの祭壇を築いたことが問題となりました。


② 他の九部族の対応

この知らせを聞いた他の九部族は、戦争をするためにシロに集まりました。
自分中心の人は、他人の失敗にとても敏感です。

申命記12章13〜14節には、勝手な場所で祭壇を築いてささげてはいけないと書かれています。
そのため九部族は、三部族がクーデターを起こした、つまり主に対する反逆をしたと判断しました。


③ ピネハスとは誰か

ここに登場するピネハスは、サムエル記に出てくる、祭司エリの息子ホフニとピネハスではありません。
彼は、アロンの子である祭司エルアザルの息子です。

彼は、民数記25章に記されている「ペオル事件」で重要な役割を果たした人物です。


④ ペオル事件

ペオル事件では、イスラエルの民の間で、モアブの娘たちとの性行為が横行し、
バアル崇拝という偶像礼拝が広がっていました。

その結果、疫病によって二万四千人が死にました。
神様は偶像礼拝者を処刑するよう命じ、幕屋の入口では人々が泣いていました。

その時、イスラエル人の男性が、ミデアン人の女性を堂々と連れ込んできました。
しかも彼らは、シメオン族の長の息子と、ミデアン族の長の娘という権力者でした。

誰も止めに行こうとしない中、ピネハスは槍を持って入り、二人を突き刺しました。
すると神様は疫病を止め、ピネハスの子孫を大祭司の家系とされました。


⑤ ピネハスの知恵① 柔和な姿勢

ピネハスは、西側の九部族を止め、まず話を聞きました。
その上で、東側の三部族の話を一緒に聞きに行きました。

彼は、ペオル事件やアカン事件を挙げ、
「私たちは、過去の失敗を忘れてはいけない」と、自分たちの心配を正直に語りました。

一方的に判断して裁くのではなく、対話を選んだのです。


⑥ ピネハスの知恵② 重荷を背負い合う姿勢

ピネハスは、東側三部族の問題を、十二部族全体の問題として捉えました。

そして、「もしその土地が清くないのなら、私たちの間で土地を得なさい」と言い、
自分たちの狭い所有地を分け合う覚悟を示しました。

一方的に相手を切り捨てるのではなく、
自分たちが犠牲を払う姿勢を見せたのです。


⑦ ピネハスの知恵③ 相手の心で判断する姿勢

ピネハスは、東側三部族の説明を聞き、
それが主に対する罪ではなかったことを喜びました。

三部族は、
「これは主への反逆なら裁いてください」
「将来、子どもたちが仲間外れにされることを恐れた」と説明しました。

その祭壇は模型であり、
東側三部族も同じ幕屋で礼拝する民であることの証拠だったのです。

ピネハスは、その行動自体は好ましくないと感じながらも、
その心を認めました

行動だけを見て拒絶するのではなく、
行動の奥にある心を見たのです。

このピネハスの知恵によって、イスラエルは争わずに済みました。
そこには、相手を愛する心がありました。

❌ せっかちな批判
❌ 自分を高めて相手を批判する姿勢
❌ 結果だけを見て裁く判断

⭕️ 柔和な姿勢
⭕️ 重荷を背負い合う姿勢
⭕️ 相手の心で判断する姿勢

 

神様の恵みによって、私たちは赦されて生きています。
誰かを裁くことは、「自分には恵みを受ける資格があり、あの人にはない」と言っているのと同じです。


3.イエスの態度

①「人を裁くな」(マタイ7:1)

イエス様は、「人を裁くな。自分も裁かれないためである」と言われました。

第一に、人には人を裁く資格がないからです。
人を裁くことは、神様の仕事を奪うことであり、傲慢です。
そのような人は、神様に裁かれます。

第二に、厳しい基準で裁かれないためです。
人の裁きは自分が基準となり、曖昧で、神の基準よりも厳しくなります。
神様の基準は明確ですが、「救いたい」という思いがあり、優しいのです。

第三に、人が人を裁くと争いが生まれます。
「お前が言うな」という言葉が示すように、
人は尊敬できる人からなら指摘を受け入れますが、
人格的に優れた人ほど、裁くような言い方はしません。

ピネハスのように、裁くよりも、問題を解決するための対話が喜ばれます。


②「重荷を負っている者は来なさい」(マタイ11:28)

イエス様が言われた「重荷を負っている人」とは、
単に仕事や勉強、育児に疲れた人だけではありません。

宗教家たちの重圧によって、律法を守れず苦しんでいた人々のことです。

口伝律法では、安息日に900m以上歩いてはいけない、
治療も料理もしてはいけないとされていました。
裕福な人は守れても、貧しい人は守れず、罪人とされました。

この世には、酒を飲まずには生きられない人もいます。
正しく生きたいのにできない人、助けを必要としている人がいます。

隠れてタバコを吸う人に対して、
❌「悪い人だ」と切り捨てるのではなく、
⭕️「その人のために祈る」ことが求められます。


③「義とされて帰ったのはこの取税人」(ルカ18:14)

外見だけを見れば、パリサイ人の方が義にかなっていました。
断食し、献金し、立派な服装で祈り、人々から尊敬されていました。

一方、取税人は裏切り者で評判も悪く、
遠く離れて顔も上げられず、礼拝態度も良くありませんでした。

しかし、神様に義とされたのは取税人でした。
「自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる」のです。

私たちは、
礼拝、祈祷会、奉仕、献金、熱心さで信仰を判断しがちです。
しかし、早天祈祷会に出ているから信仰がある、とは言えません。

ピネハスのように、結果ではなく心を見る判断が喜ばれます。


4.まとめ

① 知恵ある判断とは何か

❌ 早急に判断すること
⭕️ 柔和な心で対話すること

❌ 自分を高めて相手を攻撃すること
⭕️ 助ける心で対策を考えること

❌ 結果だけを見ること
⭕️ 相手の心に神様がいるかを見て認めること


お祈り

神様が私たちを憐れんでくださったように、 

私たちも他人を裁くのではなく、憐れむことができますように。​ 

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