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神様を賛美しよう(出エジプト15:19-21)
고요한 2026-01-02 추천 0 댓글 0 조회 13

 

20230710早天祈祷会

聖書:出エジプト15:19-21
題目:神様を賛美しよう
賛美:280

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


1.本文解説

19節

「パロの馬が、戦車と騎兵とが海に入ると、主は海の水を彼らの上に流れ返らされたが、イスラエルの人々は海の中の乾いた地を行った。」

① 神の民は海を渡り、それ以外の者は海に沈む。

 ❶ 海が分かれるという、あり得ない出来事そのものが救いである。
 ❷ 私たちは本来、海に沈んで死んで当然の存在である。
 ❸ 救われたこと自体が奇跡である。それ以上に何を望むだろうか。

 海を渡るということは「死ぬ」ということである。
 = 洗礼(세례)を受けるということは、自分が死ぬということを意味する。

 例)職場では主権を社長に渡すが、教会ではどうだろうか。

 救いを軽く考える姿勢は、モーセの時代も今も変わらない。


20節

「女預言者ミリアムはタンバリンを手に取り、女たちも皆タンバリンを取って踊りながら、その後に従って出てきた。」

① 女預言者ミリアム

 ❶ 1節から18節まではモーセと男たちが歌っている。
   21節ではミリアムと女たちが歌っている。
 ❷ 歌詞はミリアムが作ったとも言われている。
   そのため「モーセの歌」「ミリアムの歌」とは言わず、「海の歌」とも呼ばれている。

② タンバリンを手に取り、女たちも

 ❶ ヘブル語では「トウフ」。
   韓国語では「소고」と言い、ドラム(드럼)を意味する。
   英語では Timbrel、日本語ではタンバリンと言い、韓国語の表現が意味的に最も近い。
 ❷ 男は戦争に行き、帰還した時にそれを称えるため、女性たちが演奏を行った。
   古代ではドラムを叩くのは女性である場合が多かった。
   プロの演奏家(연주가)として女性が存在し、その社会が確立していた。

③ 踊りながら

 ❶ 踊りも神様を讃える方法の一つである。
 ❷ 90歳を超えたおばあさんミリアムも踊った。
 ❸ 人に見せるためではなく、神様に見せるのが賛美である。

 礼拝も同じであり、人に見せるのではなく、神様に捧げるものである。
 何かをもらうことを目的として出席する礼拝は間違っている。


21節

「そこでミリアムは彼らに和して歌った。
『主に向かって歌え。彼は輝かしくも勝ちを得られた。
彼は馬と乗り手を海に投げ込まれた。』」

① 15章1節と同じ歌詞である。

 ❶ 自分たちを讃えているのではない。
   여호와를 찬송하라(主を賛美せよ)。
 ❷ 神様を讃えている。
 ❸ 現代社会では自分たちを称賛する機会が多いが、
   本来は神様を讃えるべきである。


2.どのように生きるべきか?

① 15章19−21節から学ぶべきこと

 ❶ 救われた私たちがすべきことは、神様を賛美することである。
 ❷ 楽器を用い、体を用い、男も女も賛美をささげたという事実がある。
   古代ラビの書物には、子どもも胎児も賛美したと記されている。
 ❸ 自分を称えることではない。

 例)ネヘミヤ記13章31節
 「私を覚え、私を恵んでください。」
 罵り、毛を引き抜き、無理やり誓わせた(맹세하다)。

 → 自分を賞賛する方向に進んではならない。


② ルカによる福音書17章9−10節

 ❶ 「僕が命じられたことをしたからといって、主人は彼に感謝するだろうか。
   同様に、あなたがたも命じられたことをすべて行ったとき、
   『私たちは取るに足りない僕です。すべきことをしたに過ぎません』と言いなさい。」
 ❷ 霊的に成長した聖徒は、この僕と同じ姿勢を持つ。
 ❸ 自分を誇らず、主人を誇る。

 自分を称賛すると、ご褒美を求めるようになり、
 やがて神様に対して不満を抱くようになる。


③ 新しい契約(エレミヤ31章31−34節)

 「律法を彼らのうちに置き、その心に記す。」

 ❶ 石の板ではなく、心に記される。
   古い契約では外側からの努力が必要だったが、
   新しい契約では内側からの変化が起こる。
 ❷ 聖霊(성령)によって、心が石ではなく肉のように柔らかくされる
   (エゼキエル36章26節)。
 ❸ 人の努力ではなく、聖霊の声に従うことによって掟を守ることができる
   (エゼキエル36章27節)。

③ 兄弟に「主を知れ」と言わずに済む。なぜなら、皆が主を知るようになるからである。

 ❶ 旧約時代は預言者を通して語られたが、新約時代は聖霊を通して聞く。
 ❷ 聖霊が教えてくださる。しかし、イエスの弟子たちのように訓練は必要である。

 ※ 牧師は導き手である。
  聖霊の言葉が聞こえるように訓練する存在であり、
  決して宗教生活を勧めるための存在ではない。

 例)牧師ではなく、神様を記憶してほしい牧師。


3.まとめ

① ミリアムも歌を歌った。
② 救われた後に私たちがすべきことは、すべてを用いて神様を賛美することである。
 自分を称賛することではなく、宗教生活をするためでもない。
③ どのような時にも、モーセやミリアムのように、 

 神様がなさったことを心の底から喜び、賛美して生きていこう。​ 

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