20230717早天祈祷会
聖書:出エジプト18:1-7
題目:神の家族
賛美:559
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
1.本文解説
1節
モーセのしゅうとであり、ミデアンの祭司であったエテロ(イドロ)は、神がモーセとご自分の民イスラエルになさったすべてのこと、すなわち主がイスラエルをエジプトから導き出された一切の出来事を聞いた。
① ミデアン人の祭司エテロ(イドロ)
-
ミデアン人には王がおらず、祭司が王の代わりの役割を担っていた。
-
エテロが信じていた神は、ミデアンの神バアルであったのか、それともイスラエルの神エホバであったのか。
イスラエルの神エホバを信じていた可能性も十分にある。たとえばメルキゼデクの例がある。 -
もしミデアンの神を信じていたとすれば、この出エジプトの出来事を通して、正しい信仰へ導かれた可能性もある。
その場合、モーセはかつてバアル崇拝者の家系と結婚していたことになる。
2−4節
エテロは、モーセの妻チッポラと、二人の息子ゲルショム、エリエゼルを連れてきた。
① チッポラと二人の息子
-
長男ゲルショムの名の意味は「私は外国で寄留者となっている」。
-
次男エリエゼルの名の意味は「私の父の神は私の助けであって、パロの剣から私を救われた」。
-
息子たちの名前そのものに、モーセの信仰告白が表れている。
5節
エテロはモーセの妻子とともに荒野を通り、神の山に宿営していたモーセのもとへ来た。
① エテロとモーセの出会いの意味
-
異邦人と信仰者との出会いである。
-
エテロは、わざわざモーセに会うためにやって来た。シナイ山からはおよそ一日半の距離である。
-
モーセが信じる神の偉大さを聞いたからこそ、訪ねてきたのである。
6節
ある者がモーセに告げた。「あなたのしゅうとエテロが、あなたの妻子を連れて来ています。」
① モーセの立場
-
モーセはすでに、人々のために執り成しを必要とするほど高い立場に置かれていた。
-
今回の出会いは、イスラエルの高い指導者と、ミデアンの高い指導者との出会いであった。
7節
モーセは外に出てしゅうとを迎え、身をかがめ、口づけして挨拶し、互いに安否を問い合い、共に天幕に入った。
① この世の作法
-
異邦人に対しても敬意を払って接している。
すぐに本題に入るのではなく、丁寧な作法が守られている。 -
しゅうとを「家族」として迎え入れている姿がここにある。
2.適用
① 異邦人の家族がやって来た
-
モーセはパロと戦うために、一時的に家族を残して出発した。
世の目から見れば、モーセは悪い父親に映るかもしれない。 -
しかしイエスはこう言われている。
「また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。」
(マタイ19章29節) -
神の栄光がモーセを通して現れたのを見て、家族は戻って来たのである。
② 人間関係の主人も神様である
-
家族か神様か、二者択一で悩む必要はない。
-
神様を優先するとき、後に神様ご自身がその間に入ってくださる。
-
しかし家族を最優先にしてしまうと、後で問題が起こっても、誰も間に入ってくれないことがある。
-
たとえば、信じない夫に示すべきものは、自分の栄光ではなく神様の栄光である。
-
「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」
(使徒の働き16章31節)
③ 具体例
-
家族を顧みず、宗教にのめり込んでしまう問題がある。
しかし、他の宗教と私たちの神様を同一視してはならない。 -
「牧師には嫁ぎたくない」と言う宣教師の娘たちや、
「自分の息子には牧師になってほしくない」と願う牧師たちもいる。
そこには神様への誤解がある。 -
私の父は教会を最優先して生きてきたが、姉は牧師の妻となり、私自身も牧師となった。
それは神様が間に入ってくださった結果である。 -
神様を信じない人との結婚であっても、神の家族として新しく生まれ変わることができる。
-
家族を本当に愛しているからこそ、神様を優先するのである。
たとえば、従業員に気を遣いすぎて注意できない社長がいる。
しかし、従業員を愛しているからこそ、正直に注意することができる。
3.まとめ
① モーセは異邦人のもとで40年間暮らし、異邦人の妻を得た。
② 家族を残しつつも、神様に優先順位を置いて歩んできた。
③ その結果、家族が神の家族となるために自ら訪ねてきた。
私たちもモーセのように神様を最優先することで、家族が信仰を得ることを信じて歩んでいきましょう。


댓글0개