20230719水曜祈祷会
聖書:ヨシュア23:10-13
題目:ネフェシュ(네페시)のために
讃美:430、309、526、347
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
1.本当に必要なものはどれ?
まず、私たちは「喉が渇いた状態(목마른 상태)」を考えてみましょう。
喉を潤すもの(목을 축이는 건)は、水かジュースです。
多くの場合、人は水よりもジュースを選びます。しかし、ジュースに含まれる砂糖は、かえって喉を余計に乾かしてしまいます。
ここから分かることは、私たちは自分の体に本当に必要なものを、実はよく理解していないということです。
2.ヨシュアの最後の説教
① 主を愛さなければならない(23:11)
ヨシュアは最後に、はっきりと「主を愛しなさい」と語りました。
では、なぜ主を愛さなければならないのでしょうか。
「愛さないと戦ってくれないからでしょうか?」
「愛さないと怒られるからでしょうか?」
そうではありません。
23章11節には、日本語訳では十分に表現されていませんが、ヘブル語聖書にははっきりとこう書かれています。
「あなたたちのネフェシュのため」(Slide 2)。
翻訳(번역)では省かれていますが、原文には確かに記されています。
つまり、**他でもなく神様を愛することで、私たちのネフェシュが満たされる(채워지다)**のです。
② 旧約聖書に700回以上出てくる「ネフェシュ」とは?
「ネフェシュ」という言葉は、旧約聖書に700回以上登場します。
この言葉は本来、「喉」を意味し、そこから「人」「魂」という意味を持っています(Slide 3)。
聖書の中では、次のように使われています。
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「ネフェシュ(喉)が渇いた」(民数記11:6)
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「地獄がネフェシュ(喉)を開いている」(イザヤ5:14)
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「鹿が川の水を求めるように、私のネフェシュも神様を求めている」(詩篇42:1)
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「ヤコブの子どもたちは全部で33ネフェシュ」(創世記46:15)
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「すべてのネフェシュをもって神様を愛せよ」(申命記6:5)
ネフェシュは、じっとしているものではありません。常に「必要」を求め続けています(Slide 4)。
息を吸うのも、飲むのも、食べるのも、話すのも、すべて喉を通して行われます。
私たちのネフェシュは、常に渇いています。
なぜなら、被造物である人間は、神様のように自立して生きることができない存在だからです。
そして、このネフェシュを真に満たすことができるのは、神様の愛だけなのです。
③ カナン人との結婚を禁止した理由
ヨシュアは、カナン人との結婚を厳しく禁じました。
なぜでしょうか。
「結婚すればカナン人を追い払わないからでしょうか?」
「言うことを聞かないから怒っているのでしょうか?」
「神様が作った結婚制度を無視しているからでしょうか?」
それだけではありません(Slide 5)。
神様が嫉妬しているだけでもありません。
カナン人は、一見すると魅力的に見えます。しかし実際には、
「落とし穴」となり、「脇腹の鞭」となり、「目の棘」となります。
そして、必ず滅びに至ります。
カナン人との結婚は、水ではなくジュースなのです。
カナン人を愛することでは、私たちのネフェシュを神様の愛で満たすことはできません。
④ 人が滅びる原因
人は、お金がなくて滅びるのではありません。
知恵や力がなくて死ぬのでもありません。
また、単に神様の言うことを聞かず、罰を受けて死ぬのでもありません。
人が滅びる本当の理由は、ネフェシュの渇きを、違うもので満たそうとするからです。
⑤ イエス・キリスト
イエス様はこう言われました。
「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。
しかし、わたしが与える水を飲む者は、決して渇くことがありません。
わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命への水が湧き出ます」
(ヨハネ4:13–14)
私たちのネフェシュを完全に満たすことができるのは、神様の愛だけです。
それは、イエス・キリストだけによって与えられます。
(※ここで)
讃美歌526番「モkマルン/ジャドゥラ」を歌います。
3.人間は意志の弱い生き物
① 自分は大丈夫?
私たちはよくこう思います。
「自分は意志(의지)が強いから、どんな環境でも大丈夫だ」
「ジュースしかなくても、水を探して飲める」
しかし、実際はそうではありません。
私たちは自分の意志で選んでいるように見えても、実は環境によって大きく制限されています。
だからこそ、神様はカナン人との結婚を禁止しました。
たとえば、イスラム教徒の結婚制度を見てみると、
男性は結婚相手としてキリスト教徒やユダヤ教徒を選ぶことが可能です。
理由は二つあります。
第一に、霊的なリーダーシップは男性側にあると考えられていること。
第二に、多神教や無宗教の価値観はあまりにも違いすぎて危険だと理解していることです。
彼らは、結婚相手から受ける影響の深刻さをよく知っています。
聖書はこう語ります。
「鼻で息をする人間を頼りにするな」(イザヤ2:22)(Slide 6)。
他人だけでなく、自分自身ですら、完全に頼れる存在ではないのです。
② 必要なのは強い意志ではない
イスラエルの民は力強く、「主にのみ仕えます」と答えました。
しかし、ヨシュアはそれを信用しませんでした。
彼は証拠として記念碑を建てました。
その信仰は、ヨシュアに学んだ長老たちが生きている間だけ続きました(24:31)。
ペテロも同じです。
「たとえ皆がつまずいても、私はつまずきません」(マタイ26:33)と言いました。
しかしイエスはそれを否定し、「鶏(닭)が鳴く前に、あなたは三度、わたしを知らないと言う」と語られました。
ヨシュアもイエスも、人間の強い意志がどれほど脆いかをよく知っていました。
異邦人との結婚による悪影響は、強い意志では防げません。
たとえば、ネイティブの英語教師が、周囲の環境によって実力を落としてしまう例があります。
この時代は、結婚が個人ではなく「家と家との付き合い」だったため、現代以上に影響力が大きかったのです。
③ ペテロの信仰はどこから来たのか
イエス様は、ペテロに神の愛と神の国を教えました
(ヨハネ21:15–19、使徒1:3)。
人の意志が弱いことを知っていたからこそ、イエスはペテロを叱り続けるのではなく、教え続けました。
ペテロは、イエス様の愛によってネフェシュを満たされ、生まれ変わったのです。
ペテロの手紙の最後には、こう書かれています(Slide 7)。
「イエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい」
(Ⅱペテロ3:18)
他のものでネフェシュを満たすのではなく、神様によって満たすために、
私たちに必要なのは、恵みと知識で満たされる環境づくりです(Slide 8)。
それは、ジュースを取り除き、水で満たす環境づくりなのです。
4.まとめ
① 私たちのネフェシュを満たすのは、神様の愛だけである
ネフェシュは、常に渇き、動いています。
しかし、他のもので満たそうとすれば、必ず滅びに至ります。
この世の富や名声、力が、私たちを救うのではありません。
② すべての人間は意志が弱く、環境づくりが重要である
私たちの強い意志や自信、誇りは、何の役にも立たず、簡単に壊れます。
だから、強くなろうとしないでください。
神様に頼ってください。
神様の恵みと知識を得る環境に身を置くこと、
それこそが、私たちが生きる道なのです。

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