20230801早天祈祷会
聖書:出エジプト23:20-28
題目:子孫繁栄の約束(자손 번영의 약속)
賛美:202
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
1.本文解説
① エホバの使者との約束(20〜23節)
神様はイスラエルの民に対して、「わたしは使いをあなたの前に遣わし、道であなたを守り、わたしが用意した場所へ導く」と語られました。この「使い(사자)」とは一体誰なのか、という問いがここで重要になります。
この使者の役割は三つあります。第一に、民の前に立って道を守ること。第二に、神様があらかじめ用意された場所へ導くこと。第三に、背きの罪を決して見過ごさず、赦さない存在であることです。
この使者の正体はイエス・キリストです。その理由は、「神の名がその者にある」と言われている点にあります。エホバの名を持つ存在は神ご自身しかいません。また、「罪を赦さない」とある点も重要です。罪を赦すことができるのは神様だけであり、通常の天使には不可能だからです。
出エジプト記3章2節、燃える柴の中に現れた「主の使い」も同一の存在です。この使者は神様の御声を代弁する存在であり、すなわちイエス・キリストなのです。
そのため、イスラエルの民には責任が求められました。それは、この使者に心を留め、その声に聞き従うことです。この祝福は無条件ではなく、「従うならば」という条件付きの約束でした。もし従うなら、エモリ人、ヘテ人、ペリジ人、カナン人、ヒビ人、エブス人は滅ぼされ、国として存続できなくなります。こうして、約束の地においてイスラエルは確固として立つことができるのです。
② 健康と子孫繁栄の約束(24〜26節)
神様はまず、イスラエルの民にカナン人の風習から完全に分離するよう命じられました。彼らの神々を拝んではならず、仕えてもならず、その習慣を真似てはならない。そして、偶像を徹底的に打ち壊すようにと命じられます。農耕生活を始めると、人は自然と土地の神や豊穣神を拝むようになるため、これは非常に重要な命令でした。
祝福の源は主なる神様ご自身です。主に仕えるならば、神様はパンと水を祝福されます。これは食べ物と飲み物が豊かになることを意味します。また、病は取り除かれ、流産や不妊もなくなると約束されました。これは人間だけでなく、家畜も含めた祝福であり、遊牧民にとって家畜の流産や不妊がないことは、極めて大きな祝福でした。こうして子孫は繁栄していくのです。
なお、新約時代においては、神様に近づくほど世から憎まれるという側面がありますが、旧約時代のイスラエルにはその構図はありませんでした。
③ 主が先頭に立たれる約束(27〜28節)
神様は「すべての敵があなたに背を向けて逃げるようにする」と約束されました。主はご自身の威厳、すなわち恐れをイスラエルに先立って遣わし、カナンの民を追い払われます。これは、イスラエルの民が入る前から、すでにカナン人たちの心に恐怖が与えられるという意味です。
実際、ヨシュア記2章9〜11節では、出エジプトの噂を聞いてカナンの民が恐れおののいていたことが記されています。
カナンの地は、エホバからの贈り物です。すでにこの地は、アブラハムとその子孫に与えると約束されていました。したがって、イスラエルの民の行動は侵略ではなく「帰還」です。創世記15章16節で語られた神様の約束が、ここで成就していくのです。
2.適用
① カナンの地の重要性
カナンの地は、世界を支配しようとする者にとって一等地でした。アジアとエジプトを結ぶ重要な通商路であり、常に注目され、狙われやすい危険な土地でもありました。しかし、神様はあえてこの地にイスラエルを住まわせようとされたのです。
② なぜカナンの地なのか
神様はイスラエルを目立たせ、祭司の王国、神の民として主の栄光を現すために、この地を選ばれました。同様に、神様はクリスチャンの生活が世の中で目立つことを望んでおられます。
日本には「隠れクリスチャン」が多いと言われます。しかし、クリスチャンは「糞と同じで、集まると匂うが、散らばると栄養になる」という言葉があります。教会は避難する場所ではなく、補給する場所です。私たちは六日間、世の中に散らばって戦い、七日目に集まります。異端が自分たちだけで集まり、結婚まで閉じた共同体で行うのは間違いです。
イエス様は「世にあっては患難がある。しかし勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝った」と語られました(ヨハネ16章33節)。世に出て行くことこそ、神様の御心なのです。
③ 偶像破壊の使命
神様はイスラエルを通して偶像を打ち壊されました。そして、その報いとして祝福を与えられます。誰が本当に人の生活を支えているのか、誰が雨を降らせる方なのか――イスラエルの神か、バアルか。それはエリヤとバアルの預言者たちのカルメル山での戦いによって明らかにされました。
アブラハムとの契約以来、神様の計画は決して変わっていません。
④ 私たちのなすべきこと
イスラエルの民は、カナン人が住む約束の地で、子孫繁栄のためにイエス・キリストの導きに従いました。同じように、私たち教会も、この世の人々が住む場所で、長く存在し続けるために、イエス・キリストの導きに従うべきです。
イスラエルに必要だったのは、高度な文明力や戦車を作る技術、経済力、訓練された軍隊、政治力、人々を従わせるカリスマ性ではありませんでした。同様に、神の民に必要なのも、高い技術、高級車、広い家、美しい配偶者、高収入、高学歴ではありません。
私たちが誇るべきは、アハブ王ではなく、雨を降らせない神様です。そして、神を信頼する家庭の中で、子どもたちが親よりも良い歩みをすることこそ祝福なのです。
3.まとめ
第一に、神様はイスラエルの民を目立つ場所へ遣わされました。しかし、彼らを一人で行かせたのではなく、イエス・キリストを共に遣わされました。これは私たちも同じです。
第二に、導きに従うなら、約束の地で子孫繁栄の祝福を受けます。努力して勉強し、お金を稼ぎ、高い能力や名声を得ることが、安定した生活をもたらすのではありません。
第三に、私たちはイエス・キリストを通して神様の言葉を正しく学び、信仰が長く受け継がれる家庭を築いていきましょう。


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