20230913水曜祈祷会
聖書:エレミヤ3:14
題目:帰ろう!
賛美:365・369・531・526
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
主は言われる。
「背信の子らよ、帰れ。
わたしはあなたがたの夫だからである。
町からひとり、氏族からふたりを取って、
あなたがたをシオンへ連れて行こう。」
(エレミヤ3:14)
1.アルベルト・アインシュタインに見る「人の評価」
① 20世紀最高の物理学者
アルベルト・アインシュタインは、20世紀を代表する天才物理学者です。
1905年には特殊相対性理論、光電効果、ブラウン運動を解明し、物理学の常識を覆しました。
彼は「時間と空間は絶対ではない」ことを示しました。
また、容姿も整っており、アイドル的存在で、彼を見て気絶する女性がいたほどでした。
人気も非常に高く、アメリカのハリウッドスターからも支持され、
イスラエルからは「大統領になってほしい」と要請されたほどです。
アメリカのシナゴーグに行けば、今も彼の肖像が飾られています。
② 人格面での大きな問題
しかし彼は、お金・地位・名声など多くのものを持ちながら、
人格的には大きな問題を抱えていました。
特に浮気性であったことは有名です。
③ 複雑な結婚歴
最初の妻ミレヴァは、自身の科学者としての道を諦め、アインシュタインと結婚しました。
しかしアインシュタインは、従兄弟のエルザが離婚したと聞くと、ミレヴァに離婚を申し込みました。
ミレヴァが拒否すると、当時まだ受賞していなかったノーベル賞の賞金を条件に離婚を迫ります。
その後、ノーベル物理学賞を受賞し、実際に慰謝料を支払いました。
さらに、再婚前にはエルザの娘イルゼに結婚を申し込み、断られています。
結局エルザと再婚しますが、その後も6人との浮気を繰り返しました。
④ 神と人の評価の違い
この世の人々は、能力・地位・名声を重視します。
ユダヤ人も例外ではなく、たとえ浮気をする人間であっても、
他のものが大きければ気にしないことがあります。
ココ・シャネルやスティーブ・ジョブズも同様です。
しかし神様は、「何を持っているか」ではなく、
「どんな存在か」を見られます。
持っているものがなくても、誠実で、忠実な人を喜ばれます。
一度決めた愛を最後まで貫く、その忠実さを神は好まれます。
アインシュタインは、神様から与えられた才能を、
神の栄光のためではなく、自分の欲望のために用いました。
2.頂点に達した主の怒り
① イスラエルとの「離婚」
神様はイスラエルの姦淫を見ながらも、何度も「帰って来なさい」と呼びかけました。
しかしイスラエルは裏切り続け、ついに神様は離婚し、彼女を追い出されました(3:11)。
その結果、イスラエルはアッシリアによって滅亡します。
② ユダの罪の深刻さ
妹であるユダは、姉イスラエルの失敗を見ていながら悔い改めませんでした。
人々は「ユダの方がましだったから長く存続できた」と考えますが、それは違います。
神様は「イスラエルはユダよりも正しかった」と言われます。
本来、イスラエルを見て悔い改めるべきユダが、自分の罪を理解していなかったからです。
その結果、ユダもバビロンによって滅びようとしています。
これは、夢を諦め、子どももいるミレヴァの怒りにも似ています。
③ 本来、神様が取るべき道
本来であれば、神様はイスラエルともユダとも完全に離婚し、
新しい民を選ばれてもよいはずでした。
イエスも「神は石からでもアブラハムの子孫を起こすことができる」と言われました(ルカ3:8)。
妻の浮気による離婚であれば、誰もが夫を理解し、慰めるでしょう。
青年たちに聞いても「離婚して当然」と答えます。
エルザが離婚を申し出ても、誰も責めないでしょう。
さらにモーセの律法では、同じ相手との再婚は禁止されています(申命記24:1–4)。
汚れているとされ、男が望んでも女が望んでも再婚はできません。
3.それでも語られる「あり得ない呼びかけ」
① 律法を超えて呼びかける神
それにもかかわらず、神様は言われます。
「帰って来なさい。わたしはあなたがたの夫だからだ」(3:14)。
神様は、エルサレムに戻り、正しい礼拝をささげる者を起こそうとされました。
北イスラエルはダンとベテルで礼拝していましたが、
ヒゼキヤ王の時代、一部の人々はへりくだってエルサレムに上って来ました
(Ⅱ歴代誌30:10–12)。
② さらに与えられる約束
神様は、ただ赦すだけでなく、民を育てる牧者を立てると約束されます(3:15)。
契約の箱も不要となり(3:16)、
万国の民が悪い心に従って歩まなくなります(3:17)。
これはイスラエルとユダだけでなく、全世界の救いを示しています。
南北の民は共に帰り(3:18)、
悔い改めるなら、祝福まで与えられます(4:1–2)。
③ 神様の愛の本質
実際には、ユダの罪の方が重いのです。
それでも神様は、二人とも帰って来ることを望まれました。
それほど深く愛しておられるからです。
裏切られ、傷つき、損をしても、
相手のために共にいることを願う――
それが神様の愛です。
私たちは、このような愛を持つ方と結ばれるべきです。
だからこそ、アインシュタインのような自己中心的な愛に騙されてはいけません。
この世の誘惑にも騙されてはいけません。
(讃美歌531「主イエスは呼ばれる」を歌う)
4.新約時代においても変わらない呼びかけ
① イエスが呪われた町々(マタイ11:20–24)
イエスは、コラジン、ベツサイダ、カペナウムを厳しく叱責されました。
これらは奇跡を多く見た町です。
五つのパンと二匹の魚、百人隊長の僕の癒し、中風の男の癒しが行われました。
それでも悔い改めなかったため、
ツロやシドン、さらにはソドムよりも罪が重いと言われました。
② なぜ罪が重いのか
それは、神の言葉を聞きながら悔い改めなかったからです。
悪魔でさえ神の言葉を理解していますが、悔い改めていません。
知らなかった方がましな場合もあります。
信者の家庭に生まれながら信じない人の罪は重いのです。
礼拝も同じで、嫌々来るくらいなら来ない方がよいのです。
③ それでも待ち続ける神
マタイ11章を見ると、イエスの伝道が失敗したようにも見えます。
しかしイエスは人を見ず、神様を見て祈られました(11:25–27)。
福音が賢い人ではなく、子どもたちに現されたことを感謝しました。
伝道の失敗は、能力不足でも努力不足でもありません。
イエスの奇跡でさえ足りなかったのです。
それでもイエスは言われます。
「わたしのもとに来なさい」(11:28–30)。
伝道に疲れた人、信仰に疲れた人、神から離れた人、すべての人に。
伝道の秘訣は、神の子として生きることです。
私たちの生き方そのものが伝道になります。
コロナによって活動が制限されたのは、
神の言葉に集中するためでした。
5.適用
① 罪の重さを知る
神を知らない人より、知っていながら拒む人の罪は重いです。
ただし、従おうと決心し、失敗することは別です。
神様は私たちの弱さを知っておられます。
② 神のもとに帰ればすべてが解決する
たとえ罪を犯しても、悔い改めて神のもとに帰れば赦されます。
神様は戻って来ることを望み、さらに良いものを与えてくださいます。
神の近くにいれば平安なのに、
私たちは遠くまで来てしまいました。
アインシュタインも多くを得ましたが、遠くまで行ってしまいました。
努力や能力の問題ではありません。
悔い改め、立ち返ることです。
神の人格を持つと、それが伝道になります。
私たちが立ち返る姿を見て、次の世代も立ち返ります。
さあ、神様のもとに帰りましょう。


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