20230925早天祈祷会
聖書:レビ19:1-10
題目:律法を全うする愛
賛美:292番
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書本文(レビ記19:1−10)
主はモーセに告げて言われた。
「イスラエルの子らの全会衆に告げて言え。
『あなたがたは聖なる者となりなさい。あなたがたの神、主であるわたしが聖であるからである。
あなたがたはそれぞれ父と母を敬い、わたしの安息日を守りなさい。わたしはあなたがたの神、主である。
むなしいものに心を向けてはならない。自分たちのために鋳物の神々を造ってはならない。わたしはあなたがたの神、主である。
あなたがたが主に和解のいけにえを献げるときは、受け入れられるように献げなさい。
それはいけにえを献げる日、また翌日に食べ、三日目まで残ったものは火で焼かなければならない。
もし三日目に少しでも食べるなら、それはいとわしいものとなり、受け入れられない。
それを食べる者は、主の聖なるものを汚した罪を負い、その人は民の中から断ち切られる。
あなたがたが地の収穫を刈り入れるときは、畑の隅々まで刈り取ってはならない。落ち穂も拾ってはならない。
あなたのぶどう畑の実をすべて摘み取ってはならない。落ちた実も拾ってはならない。貧しい者と寄留者のために、それを残しておきなさい。わたしはあなたがたの神、主である。』」
レビ記19章を読むと、分かりやすい教えと分かりにくい教えが混在していることが分かります。
1.分かりやすい教え
レビ記19章には、今の時代にもそのまま守るべきだと分かる教えが多くあります。
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親を敬いなさい
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偶像礼拝をしてはならない
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貧しい人のためにすべてを収穫してはならない
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盗んではならない
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嘘をついてはならない
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障害のある人をいじめてはならない
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不正を行ってはならない
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兄弟を憎んではならない
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復讐してはならない
これらは、時代を超えて守るべき神の教えであることが明らかです。
2.分かりにくい教え①(レビ記19章)
一方で、理解が難しい教えもあります。
① 混ぜてはならないという教え
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家畜を混ぜてはならない
例:ロバと馬を交配させてラバを作ること -
二種類の種を同じ畑にまいてはならない
例:稲と豆を同じ畑にまくこと -
二種類の糸で衣服を作ってはならない
例:綿とポリエステルを混ぜた服
② 申命記22章9節の補足
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牛とロバを組み合わせて耕してはならない
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ぶどう畑に二種類の種を混ぜてまいてはならない
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羊毛と亜麻糸を混ぜた衣服を着てはならない
これらは、異邦人の魔術的・宗教的な習慣と結びついていたために禁じられていました。
3.分かりにくい教え②(レビ記19:26−28)
さらに次のような教えもあります。
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血のついたまま食べてはならない
例:レアステーキ -
髪の毛やひげの両端を剃ってはならない
例:ファッション目的の剃り方 -
入れ墨をしてはならない
例:ファッションとしての刺青
これらもすべて、異邦人の偶像礼拝の習慣と深く関係していました。
4.私たちが守るべき律法とは何か
① 私たちはこれらすべてを守るべきか?
結論から言えば、現代の私たちはモーセの律法ではなく、キリストの律法に従うべきです
(ガラテヤ6章2節)。
② モーセの律法の位置づけ
モーセの律法は、イエス・キリストがすでに成就されました
(ローマ10章4節)。
③ キリストの律法とは何か
それは、
神を愛し、隣人を愛することです
(マルコ12章28〜31節)。
5.キリストの教えをどのように守るべきか
① 新約聖書に書いていないからしてもよいのか?
例えば、刺青について新約聖書では明確な禁止はありません。
しかし、重要なのは次の点です。
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旧約・新約を通して、神様の教えの意図を理解すること
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隣人に与える影響を考えること
② 間違った例:鞭打ち
申命記25章3節では、鞭打ちは40回を超えてはならないとあります。
ユダヤ人は40回打って罰せられることを恐れ、39回にこだわりました。
パウロは、その39回の鞭打ちを5回も受けています。
彼らは、他人を哀れむことよりも、
自分が罰を受けないことばかりを考えていました。
③ 正しい例:被り物
コリント教会では、女性が被り物をするように教えられました
(Ⅰコリント11章2〜10節)。
当時、被り物をしていない女性は神殿娼婦と見なされていたため、
信徒を区別する目的がありました。
④ 刺青について考える
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日本では、ヤクザが刺青を入れる理由は、
自分が生涯ヤクザであることを示すため、
刑務所で身分を証明するため、
他人になめられないためです。 -
アメリカでは5人に1人が刺青をしていると言われますが、
社会的な印象はまだ良いとは言えず、就職でも不利になることがあります。
そのため、
クリスチャンが、嫌悪感や悪いイメージを与える刺青を、あえて入れることには十分な注意が必要です。
これは刺青に限らず、
お酒やタバコについても同じです。
なぜそれをするのか、
それが神様と隣人を考えた行動なのかが問われます。
6.結論
① 私たちはモーセの律法の下にはいませんが、
神様がどのようなお方かを知るために、モーセの律法を学ぶことは大切です。
② 聖書の規定の「抜け道」を探すのではなく、
そこに込められた神様の愛を理解し、行動することが重要です。
③ 私たちが何かを選び、行うとき、
神様にとって、そして人にとって良い影響があるかどうかを考えて生きなければなりません。


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