20231025水曜祈祷会
聖書:エレミヤ8:13
題目:実のないいちじく
賛美:250、252、283、353
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
1.いちじく(무화과나무)とは何か
① いちじくの特徴と説明
① 無花果(いちじく)とは
無花果とは、「花がない果実」と書きますが、実際には花が存在しないわけではありません。
花は外側から見える場所ではなく、果実の内側に咲くという特徴があります。(Slide1)
② イチジクコバチについて
いちじくには「イチジクコバチ(무화과 말벌)」と呼ばれる、約1mmほどの小さな蜂が関係しています。
いちじくには雄株と雌株があり、内部には花柱があります。
雄株ではコバチが育ち、雌株では種が育ちます。
日本で食べられているいちじくは、雌株だけで育つ品種であり、
そのためコバチが入っている心配はありません。
③ 原産国(Slide2)
1位:トルコ
2位:エジプト
3位:モロッコ
日本は湿気が多く、いちじくにとっては長生きしにくい環境です。
② いちじくの収穫時期と成長過程(Slide3)
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3月:緑色の蕾(꽃봉오리)がつく
→ 農夫は間引きのため、これを食べる -
4月:葉(잎사귀)を大きく茂らせる
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5〜6月:実(열매)がなり、市場に出る
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夏いちじく(6〜8月):実が大きい
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秋いちじく(8〜11月):甘みが強い
4月の時点で蕾がなければ、その年は実がならないと判断されます。
このいちじくの木は、ぶどうやオリーブと同様、イスラエルの地に非常に多く見られる木です。
そのため聖書では、**イスラエルを「実りのないいちじくの木」**として表現することがあります。
2.エレミヤ書8章の背景と神のことば
① 神様の問いかけ
神様はイスラエルの民に、次のような問いを投げかけます。
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なぜ倒れたのに、起き上がろうとしないのか(8:4−6)
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何も分かっていないのに、「私たちには知恵がある」と言うのか(8:7−8)
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平安がないのに、「平安だ、平安だ」と言っているのではないか(8:11)
② 神様によるイスラエルの描写
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刈り入れようとしても、実がない
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葉さえもしおれている
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栄養も水も、必要なものはすべて与えたのに、失われてしまった
③ 人々の反論
イスラエルの民は、次のように反論します。
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「主が私たちに毒の水を飲ませた」(8:14)
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「平安を望んだが、来なかった」(8:15)
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「癒しを望んだが、恐怖が来た」(8:15)
彼らは「平安だ」と言っていましたが、実際には平安がないことが明らかになります。
④ 人の考える平安と、神が望まれる平安
人が考える平安とは、
政治や制度、人間関係を整えることで「大丈夫だ」と安心しようとするものです。
しかし神様が望まれる平安とは、
神の国の中で与えられる安息です。
そこには、神様ご自身が必要であり、罪の悔い改めが欠かせません。
それにもかかわらず、人々はエレミヤを通して語られる神の言葉を聞こうとしません。
「大丈夫だ」「平安だ」と自分に言い聞かせ、
本当は間違っているかもしれないのに、心をコントロールしてしまいます。
⑤ 恐ろしい現実
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実のないいちじくは、イスラエルが偽物の神の民になっている姿を表しています。
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収穫の時が来たのに実がない。
神様が用いようとしていたのに、準備ができていませんでした。
その結果、神様は彼らをそのままにされます。 -
人生の主人として神様を立て、本当の平安を得て、
神の時に用いられる準備ができる者になりましょう。
※賛美歌283番
「私たちの平安は、イエス・キリストによって罪が清められたその先にあります。」
3.マルコ11章と実のないいちじく
① イエスが空腹を覚えた背景
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前日の日曜日:エルサレム入城
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4月2日(月)早朝:ベタニヤを出発し、再びエルサレムへ
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空腹を覚え、いちじくの木を見て近づかれた
② 実(蕾)のないいちじく
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イエスが探したのは、5月以降の実ではなく、4月にあるべき蕾(꽃봉오리)
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過越の祭りの時期、葉は茂っていた
→ だからこそ、蕾がないことに失望された
マルコ11:14
イエスは「今後いつまでも、だれもあなたの実を食べることがないように」と語られました。
外見は繁栄しているのに、あるべき実がない。
これは、イスラエルの宗教的偽善を象徴しています。
いちじくを枯らしたのは、
外側と内側が乖離した宗教的欺瞞を、イエスが強く憎まれたからです。
それは、刈り取りの時に実がないことへの警告であり、弟子たちへの教訓でした。
③ イエスが伝えたかったこと
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いちじくの木 → 宮清め → いちじくの木が枯れる → 山をも動かす祈り
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実のないいちじく=聖殿で仕える祭司たち
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祈りが立派に見えても、
神をほめたたえるより、自分が賞賛されたい人々は、実のないいちじくの木
4.では「実り」とは何か
① 聖書が教える実り(Slide)
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御霊の実:
愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制
(ガラテヤ5:22−23) -
成功や名声、賞賛ではない
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偽りの愛や喜び、平安でもない
自分の栄光のためではなく、心からあふれ出る実りである
② 私自身の実り
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神様が祝福をくださらないのは、
神様が私を嫌っているからだと考えていた。 -
牧師になる前、父を牧師として不足していると見ていた。
自分のほうが立派な牧師になれると思っていた。
父が褒められると、素直に喜べなかった。 -
牧師按手を受けたとき、
これ以上祝福を求めないと悔い改めた。
すでに多くの祝福を受けていることに気づいた。
足りない自分が牧師になれたこと自体が祝福だった。 -
今では、父が褒められると心から嬉しい。
5.まとめ
① 実のないいちじく
見た目を取り繕うことをやめよう。
礼拝、賛美、祈り、献金、奉仕をしても、
すべてが自分のためになっていないだろうか。
② 実のあるいちじくになるために
悔い改めから始めよう。
御言葉への従順が必要である。
③ 真の実り
成功や名声、賞賛ではなく、
心から出る愛、喜び、平安。
それは努力しても、この世では決して手に入らない実り。
→ 真の実りを結ぶ、いちじくの木になりましょう。


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