20231029青年部礼拝
聖書:ピリピ2:13, 17
題目:誰から来た考えか?
賛美:He’s changing me
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
質問:あなたは何に心の痛みを感じますか?
メッセージの中心テーマ
「損をしてでも成し遂げたい」と思わせる、その心の痛みとは何でしょうか。
その痛みは、私たちを義務感で生きる人ではなく、使命感をもって生きる人へと変えます。
自分の得意なことや、やりたいことではありません。
何に対して心が痛むのかを知ってください。
その心の痛みこそが、神様の考えを知るための大きな手がかりになります。
神様の考えが自分の考えになるとき、人生は変わります。
聖書本文(ピリピ 2章13節、17節)
13節
神は、みこころのままに、あなたがたのうちに志を立てさせ、事を行わせてくださる方です。
17節
たとえ私が、あなたがたの信仰の供え物と奉仕の上に注ぎ出されるとしても、私は喜びます。あなたがた一同とともに喜びます。
1.十字軍の始まり ― 誤った「神の考え」の例
① ビザンツ帝国からの救援要請(Slide1)
ビザンツ帝国は、西側キリスト教世界に救援を要請しました。
それに応えたのが、教皇ウルバヌス2世です。
彼の望みは、
・カトリック教会と正教会の統一
・キリスト教圏内の争いを止め、神の平和を実現することでした。
② クレルモン教会会議
クレルモンで開かれた教会会議において、
・目標は「聖地エルサレムの解放」と定められ
・戦いに参加する者には贖宥(罪の免除)が与えられ
・さらに東方の地が与えられると宣言されました。
③ 民衆十字軍の暴走(Slide2)
民衆は「神がそう望んでおられる!」と叫び、
貧しい民衆およそ2万人による五つの民衆十字軍が始まりました。
しかし結果は悲惨でした。
・二つはハンガリーでマジャール人の反撃により滅亡
・一つはユダヤ人を虐殺し、ビザンツ帝国内で滅亡
・二つはルーム・セルジューク朝で全滅しました。
ここから分かるのは、
悪魔の考えが神の考えにすり替わったとき、恐ろしい結果が生まれるということです。
では、私たちはそれをどのように見分ければよいのでしょうか。
2.神の考えを見分けるために必要なこと
① 聖書を読むこと(Slide3)
背景
私たちは、見たもの、聞いたもので形作られます。
その結果、間違った価値観や間違った世界観が作られてしまうことがあります。
方法
だからこそ、
・聖書によって自分自身を形作り
・正しい価値観、正しい世界観を身につける必要があります。
イエスの姿(Slide4)
イエス様も、突然すべての知識が頭に入ったわけではありません。
神の御言葉によって成長されました。
② 心の痛みを知ること(Slide5)
背景
私たちは、今浮かんだ考えが
・悪魔から来たものなのか
・神様から来たものなのか
分からないことがあります。
※実は「完全に自分だけの考え」というものは存在しません。
方法
神様の望みは、心の痛みを通して示されます。
・自分が損をしてでも成し遂げたいと思うこと
・それは得意なことや、やりたいことではありません
得意なことや好きなことは、
結果や評価、賞賛を求めがちになります。
そして自分より上手な人に出会うと、失望してしまいます。
パウロの状況(Slide6)
パウロは、ピリピ教会が正しくない方向に進むことに心を痛めました。
自分を犠牲にしてでも、この心の痛みのためにしたいことがありました。
そのため、
・監獄の中から最愛のテモテを送り
・エパフロデトも送りました。
たとえ自分が犠牲となって死んだとしても、
ピリピ教会が正しくなるならそれでよい、と考えたのです。
イエスの状況(Slide7)
イエス様がエルサレムを見て涙を流されたのは、
愛する民のためでした。
十字架の道も、
逃げた弟子たちを含む、愛する民のためでした。
だからこそ弟子たちは、
イエス様の最後の言葉に人生を懸けるようになったのです。
エステルとネヘミヤ(Slide8)
エステルもネヘミヤも、
民に対する心の痛みから決断しました。
自分を犠牲にしてでも、この心の痛みのために行動したのです。
③ 引き返す心を持つこと(Slide9)
背景
人は困難に直面すると、自分自身に集中します。
人は本来、エゴの塊です。
失敗や間違い以上に問題なのは、
引き返せなくなることです。
方法
神様が呼び止めるとき、
引き返す勇気も必要です。
今まで築き上げてきたものを失うかもしれません。
しかし、
「自分は正しく、周りが間違っている」と感じるときほど、注意が必要です。
例:カイン、ダビデ、パウロ(Slide10)
モーセの例
モーセは、心の痛みを感じてヘブル人を助けました。
しかし誰も彼について来ませんでした。
40年間、荒野で逃亡生活を送った後、神様は彼を呼ばれました。
それは、傲慢にならないために、持っているものを失わせるためでした。
・私が働くのではない
・神様が私を通して働かれる
そのことを学ばせるためです。
例:
・ゼルバベル ― 敵が多く力が足りない →「わたしの力で成し遂げる」
・ヨシュア ― 悪魔が汚れを告発 →「わたしが清める」
3.まとめ(Slide11)
① 聖書を通して神様を知ること
② 損をしてでもしたいと思わせる「心の痛み」を知ること
③ いつでも引き返せる心の余裕を持つこと
そのとき、私たちは「誰から来た考えか」を見分けながら、
神様の考えに生きる人生を歩むことができます。
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