20231120早天祈祷会
聖書: 民数記6:22-27
題目: 祭司的祝福
賛美: 427
説教:高曜翰 副牧師
場所:중앙성서교회
聖書朗読(民数記6:22–27)
主はモーセに告げて言われた。「アロンとその子らに告げて言え。あなたがたは次のようにイスラエルの子らを祝福して言いなさい。
『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたに恵みを与えられますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
彼らはこのようにわたしの名によってイスラエルの子らを祝福しなさい。そうすれば、わたしが彼らを祝福する。」
1.アロンの祈り(祭司的祝福)
この祝福は、人が人に与える言葉ではなく、神ご自身が祭司を通して民に与えられる祝福です。一つ一つの言葉に、神様の御心が込められています。
①「主があなたを祝福し、あなたを守られますように」(6:24)
「祝福する」という言葉のヘブライ語はバラークで、「ひざまずく」という意味があります。これは、神様が高いところから命令するのではなく、ひざを折って私たちに仕えてくださる姿を表しています。
神様は、私たちの生存そのものを保証してくださる方です。日曜日に仕事を休んでも、テスト勉強が十分でなくても、私たちは神様によって生かされています。
私たちは、自分の力で自分を守ることができません。ペテロは「たとえ皆がつまずいても、私はつまずきません」と言いましたが(マタイ26:33)、その後つまずきました。
生存の保証は神様がしてくださいます。しかし、その保証を偶像に求めるとき、神様は怒られます。
②「主が御顔をあなたに照らし、あなたに恵みを与えられますように」(6:25)
「恵み」という言葉はハーナンで、「憐れみ」を意味します。私たちは、自分の力ではなく、神様の憐れみによって生かされている存在です。
神様の御顔から出る光によって、私たちは元気になります。太陽の光を浴びるとビタミンDが生成され、カルシウムの吸収が良くなり、骨が強くなります。また、太陽の光によってメラトニンが生成され、睡眠の質が向上し、肌が修復され、老化が防がれます。
聖書には、「わたしの名を恐れるあなたがたには、義の太陽が昇り、その翼には癒しがある」とあります(マラキ4:2)。これは、この世的な祝福ではなく、モーセのように神様と共に生きる祝福です。
③「主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように」(6:26)
「顔を向ける」という言葉のヘブライ語はナシャーで、「顔を上げる」という意味です。上に立つ者が下に立つ者に向かって顔を上げることは、祝福を意味します。
本来、罪深い人間に神が顔を向けるなら、人は滅びてしまいます。イザヤは神の栄光を見て「私は滅ぼされる」と言いました(イザヤ6:5)。また、神は「顔と顔を合わせてあなたを裁く」と語られています(エゼキエル20:35)。
しかし、神様が顔を向けてくださるとき、そこには平安があります。それは、神の国で顔と顔を合わせて生きていた本来の状態に回復することを意味します。
「シャローム」とは、単なる静けさではなく、完全さ・満ち足りた状態を表します。この世の不完全な平安ではなく、神の国の中で与えられる完全な平安です。
2.イエス・キリスト
① イエスが与える平安(ヨハネ14:25–31)
イエス様が与えられる平安には三つの特徴があります。
第一に、聖霊に導かれる平安です(25–26節)。
第二に、キリストによって慰められる平安です(27節)。
第三に、神によって勝利する平安です(28–31節)。
② 神様から来るものを求めよう
私たちは、自分が求めているものが本当に神様から来るものなのかを問う必要があります。
それは神様が喜ばれるものなのか。物質的なものなのか、精神的なものなのか。刺青、賭博、タバコなども、その動機と目的を問われます。
③ 共にいる祝福
聖書の祝福の中心は、神様が共におられることです。イエス様は「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と言われました(マタイ28:20)。また、「アブラハムが生まれる前から、わたしはある」と語られました(ヨハネ8:58)。
たとえば、受験勉強のために教会に行かず合格することが、本当の祝福なのかを私たちは考える必要があります。
3.まとめ
第一に、神様が私たちの命を守ってくださること自体が祝福です。
第二に、この世からではなく、神様から出る恵みを求めましょう。
第三に、神様と共にいることで与えられる平安を求めて生きましょう。


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