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マリアの信仰(ルカ1:26-38)
고요한 2026-01-15 추천 0 댓글 0 조회 48

20231210青年部礼拝

聖書:ルカ1:26-38
題目:マリアの信仰
賛美:나의 하나님

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


はじめに(説教の主題)

貧しい町の平凡な女性であったマリアは、自分の理解をはるかに超えた神様の計画を告げられた時、それを拒まず、従順に受け入れる決断をしました。その結果、彼女は壮大な神様の王国のご計画の中に招き入れられました。

私たちもまた、神様の慈悲がなければ本来無価値な存在であることを自覚し、受け入れがたく思える出来事であっても、謙虚に神様の計画に参加する決断をするならば、この世の価値観とは正反対の「神の王国」を経験する者とされます。


0.納得できない出来事が起こったとき

① 神様がいないと感じる瞬間

人生には、どうしても納得できない出来事が起こります。例えば、受験の失敗、離婚、子どもの病気、人間関係の苦しみなどです。そのような時、私たちは神様が共におられないのではないかと感じてしまいます。

しかし、自分の願いを叶える方法を探す以前に、知っておかなければならないことがあります。それは、神様が時として「それは違う」と私たちの願いを拒まれるお方である、という事実です。


1.マリアに起こった出来事(1:26–38)

① マリアという人物

マリアは、貧しいナザレの町に生まれた、ごく平凡な町の女性でした。しかし、彼女は神を恐れ、誠実に生きる信仰ある女性でした。婚約者ヨセフとの結婚を控え、穏やかな幸せを期待して生きていたのです。

② 天使ガブリエルの訪問

天使ガブリエルはマリアに現れ、こう告げました。

「恵まれた女よ、平安がありますように。主があなたと共におられます。」 (은혜를 받은 자여 평안할지어다. 주께서 너와 함께 하시도다)

突然の出来事に、マリアは戸惑い、これは一体どういう意味なのかと思い巡らしました。

さらに天使は、「あなたは身ごもって男の子を産み、その名をイエスと名づけなさい」と告げます。これに対してマリアは、「私は男を知りませんのに、どうしてそのようなことがあり得るのでしょうか」と問いかけました。 (나는 남자를 알지 못하니 어찌 이 일이 있으리이까)

天使は答えます。「聖霊によって成し遂げられる。神にできないことは何一つない。」

③ マリアの態度

マリアはこう告白しました。

「私は主のしもべです。お言葉どおり、この身になりますように。」 (주의 여종이오니 말씀대로 내게 이루어지이다)

彼女はすべてを理解できたわけではありません。しかし、自分の理解よりも神様の王国のご計画を受け入れたのです。


2.ザカリヤに起こった出来事(1:5–25)

① ザカリヤという人物

ザカリヤは、アロンの家系に属する祭司であり、聖殿で仕える信仰深い男性でした。妻エリサベツと共に誠実に生きていましたが、長年子どもが与えられないという苦しみを抱えていました。

② 天使ガブリエルの訪問

聖所で香を焚いていた時、天使ガブリエルが突然現れます。ザカリヤは恐怖に包まれました。

天使は、「あなたの願いは聞き入れられ、男の子が生まれる。その名をヨハネとしなさい」と告げます。しかしザカリヤは、「どうしてそのことが信じられるでしょうか。私も妻も年を取っています」と答えました。

天使は、「この言葉を信じなかったので、成就する時まであなたは話せなくなる」と告げます。

③ ザカリヤの態度

ザカリヤは、天使の言葉を信じることができず、その結果、語ることができなくなりました。理解できなかったために、神様の王国の計画を受け入れることができなかったのです。


3.マリアとザカリヤの態度の比較

① 天使が現れた時の反応

マリアは戸惑い、恐れながらも深く思い巡らしました(ティアロギゾマイ)。一方、ザカリヤは強い不安と恐れに支配されました。

② 二人の言葉の違い

マリアは、「どのようにしてそのことが起こるのですか」と、神の働き方を尋ねました(ギノスコ)。

ザカリヤは、「どうしてそれが信じられるのか」と、不信仰の言葉を口にしました。

③ 最終的な態度の違い

マリアは、「主のしもべ」として、結果を見る前から平安を得ました。結婚を壊しかねない知らせであっても、神の言葉を受け入れました。

一方ザカリヤは、自分たちの願いが叶う良い知らせであったにもかかわらず、神の言葉を信じ切ることができず、結果を見るまで不安の中にとどまりました。

④ 本質的な違い

二人とも神の恵みによって用いられる器でした。しかし、マリアは理解できなくても受け入れ、ザカリヤは理解できずに受け入れられませんでした。


4.私たちはどのように生きるべきか

① 理解できなくても受け入れる信仰

イエスは言われました。「見ないで信じる者は幸いである」(ヨハネ20:29)。被造物である私たちが、創造主である神を完全に理解することはできません。それでも、神が良いお方であることを信じ、受け入れることが求められています。

② 自分がどのような存在かを知る

この世の神は、人々の目をくらまし、福音の光を見えなくします(Ⅱコリント4:4)。世的な地位の高かったザカリヤは信じられず、へりくだったマリアは信じることができました。

私たちは、この世の成功を追い求める者ではなく、神の慈悲を求める者です。主は安楽な人生ではなく、しもべとして生きる道を示されました。

③ 神の国の価値観を求める

イエスは、「偉くなりたい者は仕える者となれ」と教えられました(マタイ20:27–28)。キリストは仕えるために来られ、命を与えるために十字架にかかられました。

だからこそ、私たちはキリストなしには無価値な存在であることを悟り、神の国において意味ある者とされるのです。


5.まとめ

1.マリアのように、納得できなくても神が働いておられることを認めましょう。
2.自分が神なしには無価値であり、神によって価値あるしもべとされていることを認めましょう。
3.困難の中でもマリアの告白に倣う時、私たちは神の国のご計画を経験し、どんな状況の中でも平安を得ることができます。


分かち合いの質問

もしマリアのような信仰を持つことができないと思うなら、その原因は何でしょうか。 

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