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私たちは粘土(エレミヤ18:6)
고요한 2026-01-18 추천 0 댓글 0 조회 47

20240103水曜祈祷会

聖書:エレミヤ18:6
題目:私たちは粘土
賛美:64、65、68、69

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회

 


聖書朗読

エレミヤ18章6節

「イスラエルの家よ、この陶器師がするように、わたしもあなたがたにすることができないだろうか。見よ、粘土が陶器師の手にあるように、あなたがたはわたしの手の中にある。」


Ⅰ.器の存在意義

1.食事における器の役割

器は、色や大きさ、形によって、料理のおいしさを左右します。
人は視覚から多くの情報を受け取ります。目を閉じればおいしさは半減し、鼻をふさげば何を食べているのか分からなくなります。

器の影響は確かに大きいですが、中心はあくまで料理そのものです。
人は器の良さで店を選ぶのではなく、料理のおいしさで選びます。

この世では、「私たちが料理である」と考えがちです。
しかし聖書は、私たちは器であり、料理はイエス・キリストであると教えています。


Ⅱ.私たちは土である

1.背景 ― 神の怒りの理由

エルサレムは偶像礼拝で満たされていました。
人々は神の言葉を聞こうとせず、悔い改めることを拒みました。
さらに、神の言葉を伝える預言者エレミヤを殺そうとまでしました。

2.エレミヤに示された光景

神はエレミヤに、一人の陶器師の姿を見せました。
陶器師は、ろくろを回して器を作っていましたが、うまくいきませんでした。
すると陶器師は、その器を壊し、別の器を作り直しました。

神は言われました。
「陶器師の手にある土のように、イスラエルはわたしの手の中にある。」

3.その意味

陶器師は神様、土と器は私たちです。
ろくろは、私たちを取り巻く環境――人種、国籍、年代、性別、身長、能力などを表しています。

陶器師は、どのように作るかを土に説明する義務はありません。
また、土が陶器師に「こう作れ」と要求する権利もありません。
すべての主権は、神様にあります。

4.器が作られる過程

陶器師は山に行き、土を取ります。
何度もふるいにかけ、荒い土や石を取り除きます。
残った土に水を加え、こねます。
気泡を抜くために、何度も作業台に叩きつけます。
その後、ろくろを回し、指や爪、道具を使って形を整えます。
最後に、1000度以上の火で焼いて完成します。

5.器を作る目的

陶器師は、暇つぶしで器を作るのではありません。
それぞれの目的に合った器を作るためです。

火に入れる前に、出来の良し悪しを判断し、作り直すこともあります。
それは、より良い器を作るためです。
空気が残っていると、火に通した時に割れてしまうからです。

6.ここから分かること

私たちは、神の決定に文句を言う資格のない器である、ということです。


Ⅲ.陶器師に逆らう人間の姿

「陶器師は粘土と同じものだろうか。造られた物が、造った者に向かって『彼は私を造らなかった』と言えるだろうか。」(イザヤ29:16)

陶器は、陶器師の決定に従うしかありません。
「なぜ私の望む形に作らなかったのか」「なぜそんなに残酷なのか」と言うことはできません。

日本では、「イエスを受け入れなければ救われないなんて、愛のない神だ」と言われることがあります。
「ご先祖様も救える神がいい」と考える人もいます。

しかし、家に突然、汚い格好の見知らぬ男性が入ってきたらどうでしょうか。
追い出した人が悪いのでしょうか。追い出された人が悪いのでしょうか。

私たちの人生の主権は、神様にだけあります。


Ⅳ.困難の意味

困難な環境は、私たちを新しくし、神の国に入るためのものです。

神は、災いを下そうと計画していると語られましたが、それは悔い改めを求めるためでした。
困難は、高慢な心を取り除くために与えられます。

なぜ何度も叩き、作り変えるのか。
それは、傲慢という空気を抜くためです。
より完全な器にするためです。

悪魔が働くことも、神の許しの中にあります。
それを通して、私たちが悔い改め、従順になるためです。

問題は陶器師ではなく、私たちの器の側にあります。


Ⅴ.神の栄光のために生きる

私たちは、神の栄光のために創造されました(イザヤ43:7)。
自分を誇り、褒められるために生きるのをやめること。
それが、本当の悔い改めです。

悔い改めた者だけが、作り直され、神の国に入ることができます。
罪に満ちた世界で永遠に生きることは、祝福ではなく苦しみだからです。

自分のためではなく、神の栄光のために生きる時、真の平安があります。


Ⅵ.イエスが示した器の姿

1.神の計画の器としてのイエス

イエス様は、神であることを主張せず、不平不満も言いませんでした。
自慢も称賛も求めませんでした。
ご自分の人生が、神の計画の器であることを理解し、死に至るまで従順でした。

2.イエスが苦しみを受けた理由

イエスには、悔い改める必要はありませんでした。
それでも苦しみを受けられたのは、試練の中にある私たちを助けるためです。

それなのに、私たちは悔い改めを恥ずかしく感じ、避けようとします。

3.新しくされて生きる

この世に倣うのではなく、心を新たにされ、神の御心に従って生きること。
それが、私たち本来の姿です。


Ⅶ.まとめ

① 私たちは、神の計画に用いられる土の器です。
 神の決定に文句を言うのではなく、感謝と従順をもって歩みましょう。

② 困難は、傲慢を取り除き、神の国に入るための準備です。
 反発ではなく、受け入れて悔い改めましょう。

③ 自分を表すのではなく、神の栄光を表しましょう。 

 その時、私たちは神の国の民として完成します。​ 

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