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指導者の資格(申命記1:9-18)
고요한 2026-01-18 추천 0 댓글 0 조회 42

 

20240107早天祈祷会

聖書:申命記1:9-18
題目:指導者の資格
賛美:460番

説教:高曜翰 副牧師

場所:중앙성서교회


聖書朗読

申命記1章9〜18節

モーセはイスラエルの民にこう語りました。
「私は一人で、あなたがたの重荷を負うことはできない。あなたがたの神、主があなたがたを増やされ、今や天の星のように多くなったからである。主が、あなたがたを今よりも千倍も多くし、約束されたとおり祝福してくださるように。」

民が増え、問題も増えました。
モーセは言います。「どうして私一人で、あなたがたの苦労や争いを担うことができようか。」

そこでモーセは、各部族から、知恵があり、理解力があり、人々に認められている者を選び、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として立てました。

彼らの役割は、兄弟同士の争いだけでなく、共に住む外国人との問題も、公正に裁くことでした。
そして、どうしても判断できない問題は、モーセのもとに持って来るように命じました。

モーセは裁判官たちにこう命じました。
「裁きは神に属する。外見によって人を判断してはならない。身分の低い者も高い者も分け隔てなく聞き、人の顔を恐れてはならない。難しい問題は私のもとに持って来なさい。私が聞こう。」


Ⅰ.本文解説

1.なぜ指導者が必要だったのか

イスラエルの民は、アブラハム一人から始まりました。
ヤコブの時代にエジプトへ移住した時は七十人でしたが、この申命記の時点では、戦いに出られる男子だけで約六十万人にまで増えていました。
神は、約束どおり千倍以上に祝福してくださったのです。

この人数を、モーセ一人で導くことは不可能でした。
そこで、各部族ごとに、知恵と知識があり、人々に知られている者が選ばれました。

ヘブル語の表現では、
「賢く、理解力があり、人に認められている者」という意味です。

彼らは、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として立てられました。
たとえば、イエス様の十二弟子を考えると、一人が責任を持って関われる人数は、十二人程度であることが分かります。

2.指導者の役割

指導者の役割は、民の訴えを聞くことです。
兄弟同士の争い、また一緒に住む外国人との問題を、正しく解決するためです。

最終的に解決できない問題だけが、モーセの前に持ち込まれました。


Ⅱ.長(指導者)の条件

1.人を偏って見ないこと

指導者は、人を偏って見てはいけません。
自分の好き嫌いで判断してはいけないのです。

2.小さい者にも大いなる者にも耳を傾けること

貧しい者にも、力のある者にも、同じように聞く必要があります。
お金や年齢、立場で決めつけてはいけません。
自分の考えや感情で判断してはいけないのです。

3.人の顔を恐れず、神の顔だけを恐れること

人を恐れる者ではなく、神だけを恐れる者こそ、指導者にふさわしいのです。


Ⅲ.イエスに見る指導者の姿

1.仕える指導者

イエス様は言われました。
「あなたがたのうちで一番偉大な者は、あなたがたに仕える者でなければならない」(マタイ23:11)。

① 人を偏って見ない

イエスは、正義と公平に仕える方です。
判断の基準は、自分ではなく、常に神様にありました。

② 小さい者にも大きい者にも聞く

イエスは、最も弱い者の声に耳を傾けました。
「最も小さい者の一人にしたことは、私にしたのである」(マタイ25:40)。

人に仕えられることを喜ぶ人ではなく、
人に仕えることを喜ぶ人こそ、イエスに従う人です。

自慢し、人から仕えられたい人は、イエスとは関係のない生き方をしています。

③ 人の顔を恐れず、神の顔だけを恐れる

イエスは、神の言葉に従う方でした。
人を恐れる者は、結果的に神を無視する存在になります。

主権が自分にあるのではなく、神様にあること。
人にどう見られるか、誤解されるかどうかは、本質的な問題ではありません。


Ⅳ.問題の本質

1.問題そのものより、神様との距離が問題

エペソ5章18〜20節はこう教えます。
「ぶどう酒に酔わず、聖霊に満たされなさい。詩と賛美と霊の歌をもって互いに語り合い、主に向かって心から賛美しなさい。すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって、父なる神に感謝しなさい。」

① 問題を一人で解決しようとしないこと

② しかし、人やこの世のものに頼らないこと

③ 聖霊に満たされることを願い、問題を神様の前に持って行くこと

2.神様の前に出ることの大切さ

神様を、自分の問題を解決するための「道具」にしてはいけません。
問題を持って神様の前に出て、神様と共に歩む人生を送ることが大切です。

人に頼り、人を恐れると、その問題以上に深刻な問題、
つまり「神様との距離」が生まれてしまいます。


Ⅴ.一つの例 ― 韓国の牧師の現実

韓国では、牧師に一生懸命仕える文化があります。
牧師自身も、それを当たり前だと思ってしまうことがあります。

しかし、牧師は、最もイエスに近く、イエスに従う存在です。
イエスは、人に仕え、仕えられることを望まれませんでした。


Ⅵ.まとめ

① 自分の判断ではなく、神様の判断に従って人を見ること。
② 最も弱い者に基準を合わせること。
③ 人を恐れるのではなく、神を恐れて生きること。

これが、聖書が教える「指導者の資格」です。​ 

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